幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
手のひらが顎から首に滑り、指先で耳を撫でられる。首をすくめても離してくれなかった。


「涼介に見せてるのはいつもそういう顔?それとも、もっと別?」


「…っ、山下さんっ、さっきから変ですよ」


「そうだよ、とっくにオカシクなってんだ。

もし本当に涼介に嘘をつき通したいんなら、馬鹿になってるこの俺を使わない手はないぜ」


黒い傘を差しているせいか、勝ち気な瞳には普段と違う陰りが見える。


「誰にもできない相談なら俺が引き取る。

会社を辞めたら同僚でもないんだから、お互い遠慮する意味もないだろ。」


暗い瞳とは裏腹に、どこかドライに聞こえる言葉。山下さんはいつも物事を遠くから眺めてる感じがする。そういう態度は不思議と初めから親近感があった。




「……。

涼介は私に起きた事を、まるで自分の負い目みたいに感じてるんです。」


山下さんに私と涼介の過去を話したことはないから、こんな漠然とした話では伝わらないだろう。意味のない懺悔だと思う。

でも言葉にしたら止まらなかった。胸の中のぐちゃぐちゃした感情が苦しくて、本当は誰かに聞いてほしくて仕方がなかったのだ。


「涼介は昔から正義感が強くて優しくて。だから『可哀想な子』だった私をほっとけないんです。

どこにも居場所のなかった私に居場所をくれて、社会からはみ出さないように仕事をくれて。

だけど、救って貰うのはアンルージュだけで十分です。私は…っ、私のことは涼介に救って欲しくない…!」


勢い込んで説明するとハッとするほどの力で手首を捕まれる。


「……わかるよ。誰かに同情されて救われるなんて、まっぴらだよな。」


しばらくの間、雨音だけが響いていた。次第に雨が強くなってきている。






「…逃げ場が無いなら、俺のとこ来るか?」


「え?」


「俺は環くんを詮索する気はないし、ましてや救う気もない」


内緒話のように耳元で語られる。山下さんが傘を傾けた時に声を抑えた理由がわかった。視界が広がるとこちらに駆け寄るスーツ姿が見える。


「…涼介!?」

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