幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「お前がついていながらどうしてこんなことになった?」
雨を弾き返しそうな爛々とした瞳。涼介は私を通り越して山下さんを問い詰める。
「どうしてだか、きっと涼介には分からないだろうな」
山下さんが冷めた様子で応えると、涼介の眉間に深い皺が寄った。
「環、大丈夫か?誰に何を言われた?」
「違うの、涼介。あのね、」
涼介は会社で起きたことを全部聞いている筈なのに、真っ直ぐに私を心配してくれる。そんな涼介に嘘をつく私は……なんて酷い人間なんだろう。言葉を探して黙ったら、涼介が目の前に膝をついた。
「本当にすまない。男だと偽って働かせて悪かった。俺が至らなかったから、環が酷い侮辱を受けることになって…」
「違うよ!」
辛そうな顔で涼介が謝るのを聞いて、思わず大声を出してしまう。
「違うでしょ?男として働きたいって無理言ったのは私だよ」
「そうだとしても、だ」
「どうして?私がイヤな目に合ったって涼介のせいじゃないでしょ。
私が可哀想でも、助けてくれなくていいから。そういうのもういらないから!」
息を飲む涼介に一気にまくし立てる。涼介を私から解放するなら、今ここしかないと直感した。
「だいたい私がどうなろうと涼介には関係ないでしょ」
もう涼介の目を見て話せない。目を逸らすと涼介の喉仏がゆっくりと上下するのが見える。
「それに私が物を盗んだのは本当の事だよ。涼介も知ってる通り昔から貧乏な家だったし、おカネになりそうなものが転がってたから欲しくなっただけ。」
「俺がそんな見え透いた嘘に騙されると思うか?」
地面に膝を着いたりするから涼介のスーツは雨で汚れてる。そういうことしてほしくないのに。私のために、もうどんな犠牲も払ってほしくない。
ふいに山下さんの乾いた笑い声が静寂を破った。
「分かってあげなよ。環くんはお前から解放されたかったんだよ。」
「え…」
涼介が驚いた声で問い返す。私だって山下さんの言葉にびっくりしていた。
言葉を挟もうとすると、隣に座る山下さんはコツっと軽く爪先をぶつける。「今は静かに」の合図だ。会議の時に私が間違った事を言いそうになるといつも同じ事をされていた。
「アンルージュの買収はお前らの旧縁がきっかけだろ。アンルージュを救ってもらった恩があるから、お前から離れたいとは言えない。
だから環くんは、手段を選ばず辞められる状況にしたんだよ。
わかったか?これ以上追いつめるな」
何て言葉をかけようか考えていたら、もう一度爪先がコツンと小さくぶつかった。
「環、そうなのか?何もかも俺から離れるためだったのか?」
呆然とした表情で問い掛ける涼介。
気が付いたらうなずいていた。私が説明したらきっと嘘がばれてしまう。
「……そうか、悪かった」
「え?」
「気を使わせてるのにも気付かないなんて、俺は相当な馬鹿だな」
涼介は微かに笑ってる。笑っているのに、急に遠くなったような感じがする。