幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
店に着いた頃には全身ずぶ濡れになっていて、エントランスで水気を払っていると小夜子(さよこ)さんがタオルを持ってきてくれた。


「あらぁ、環。水もしたたる美少年って感じでイイわぁ。髪は濡れたままでもセクシーよ」


「えへへありがと。でも拭かせて、風邪ひきそう」


ふかふかのタオルに顔を押し付けると、ラベンダーの良い香りがした。アイボリーをベースにした店内には、キャンドル風の照明が優しい光を放っている。


猫脚のガラステーブルに色とりどりのランジェリーがディスプレイされて、ここはお姫様のクローゼットのようだ。見ているだけて気持ちがフワフワしてくる。


この素敵なインテリアを整えているのが、タオルを持ってきてくれた小夜子さん。3年前に社長が亡くなってから、社長の遺したこのお店を大切に守り続けている。


小夜子さんは社長の息子さんだ。彼女の(あるいは彼の)本名は知らない。見た目はけっこう格好いいと思うけれど、内面は私よりずっとレディなお姉さまである。


「さっきご予約のキャンセルが入って、今日は11時からご新規の佐藤様だけなのよ」


「まぁこの雨だもんね。仕方ないよ」


ご予約の時間が近付くと小夜子さんはバックヤードに入った。はじめてのお客様の場合、男の人がいるとびっくりするので接客は私が担当することになっている。


とはいえ、私も男っぽい見た目なのでお客様が驚くのは同じ。社長が私のために特別に仕立ててくれた仕事着は、男物のスーツ同然なのだ。


「……あの、遅れちゃってすみません」


来店された佐藤様に「雨は大丈夫でしたか?」とご挨拶すると、予想通り顔が少しこわばった。


「あ、私一応女なんですよー」


佐藤様は二度ほどまばたきをして、その後はじいっと顔を見つめられる。
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