幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
〝追加
でもひとつだけ嬉しいことがあった。環が「待ってるよ」って言ってくれた。いつか、絶対に環が安心して暮らせる家をつくる。俺は彼氏じゃなくていい。環が笑ってればそれでいい。〟
「これ、最後に涼介に会った日だ」
確か涼介と一緒に授業をサボったと思う。あの時「大人になったらたまきんの居場所くらい何とかしてやるよ」と言われたのを、そんなの出来るわけないと心の中で思ってた。
だから適当な返事だった。それを嬉しいと思ってくれていたなんて……。私は涼介になんて酷いことをしたんだろう。
「そういえばアンルージュに来てくれた日にも言ってた」
環の居場所は俺があげるって。「約束したろ」と言われたのに、私は覚えてすらいなかったのだ。
ここから先は見るのが辛い。
〝7月13日 珍しく環が学校休んだ。ケガのせいか?〟
〝7月14日 今日も休みだ。相当具合が悪いのか。〟
〝7月15日 今日もいなくて、担任に聞いたらご家庭の事情と言われた。家は静かだった。〟
〝7月16日 先生を問い詰めた。DV防止だとか個人情報保護だとか色々言われた。要は環はしばらく別の場所にいて、居所は秘密だと。殴った男と離れるためなら仕方ない。〟
〝7月17日 環の家は静かだ。電気がついてない。〟
〝7月18日 環のいない家を見るのがだんだん怖くなってきた。〟
〝 7月19 日 今日ほど自分が嫌になった日はない。〟
胸が痛くなってノートを閉じた。
「ずっと好きだった」という言葉に、こんな気持ちが続いていたと思うと心がズキズキする。
私は自分が可哀想な子に見えないように怯えるだけで、涼介のことは何も見えてなかった。涼介は余計な詮索をしないから居心地が良いとすら思っていたのだ。
涼介が私の側でどれだけ心を痛めていたかも知らずに。
「……私、本当に酷い人間だ…」
その時、涼介が目を覚ました気配がして、急いでノートを本棚にしまって寝室に向かう。
「大丈夫?」
「……環」
急に強く腕を引かれて上体が傾く。私が涼介の上に乗ったら重そうなので、あわてて片手の肘をついて体重を支えた。けれど体が涼介に覆い被さって、これでは距離が近すぎる。
「ちょっと、待った」
と伝えても、躊躇いもなく手を引っ張られて布団の中に引き入れられる。
「待ってたら、逃げるんだろ?」
抱き締められて体の位置が入れ替わる。首筋におでこがあたって、涼介の熱が伝わってきた。
「逃げないって…!
…っ、薬どこにある?飲んだ方が」
「いらないよ」
「でも、せめてお水だけでも持ってくるから」
「いいから、ここにいて…」
身動きするといっそう腕が絡んでぐっと引き寄せられる。涼介、急にどうしたんだろう。普段こんなことしないのに…。
胸が苦しくなる感覚を、できるだけ静かに息をはいてやり過ごす。けれど、涼介の指先が背中の火傷の跡をなぞるから、呼吸すら上手くできなくなってくる。
こんなふうに触れられるのはすごく久しぶりかもしれない。最後にキスをしたのは…そういえば火傷の話をした頃だったっけ。
「環」
髪や、肩から背中にかけて何度も涼介の手が滑る。その度にぎゅっと目を瞑って息を静めていると、いつの間にか涼介の力が抜けて、穏やかな寝息に変わっている。
「寝ぼけてたの?
…もう、びっくりさせないでよ…」
無防備に眠る涼介に、やり場のない文句を呟いてみる。「ばか」と無意味な八つ当たりを口にすると胸が甘く苦く疼いた。
ねえ、涼介。
涼介は私を救おうとしてくれてたの?
子供の頃だけじゃなくて、今でもずっと。
私が、涼介をしばってるの?
そう考えるとどうしようもなく淋しくなって涙が流れてしまう前に、腕の中からそっと抜け出した。