氷室の眠り姫


風音が入り口から一歩退いた途端、流は勢いよく中に入った。

少し奥行きのあるその部屋はひんやりとしており、外界とは完全に隔絶されていた。

神聖な空気が漂っているようにも思えて流の表情が更に引き締まった。

奥へ進むと柊と樹が並んで立ち竦んでいるのが見えた。

「……柊様?」

流の声が届いていないのか、二人はぴくりとも動かずに何かに視線を落としていた。

「……?」

不思議に思いながらも覗きこむと、そこには一人の老女が横たわっていた。

よく見てみれば、後宮からこの屋敷まで来る時に同乗していた老女だった。

「柊様、こちらは……」

誰ですか、と問いかけた口が閉じられた。

二人の表情があまりにも悲哀に満ちていたからだ。

「何故こんな……こんな姿になるまで……」

柊は唇を噛みしめ、樹は黙ったまま涙を流していた。

「……っ!?」

流はハッと何かに気付いて、もう一度眠る老女を見つめた。

長い髪は真っ白で、顔には深いシワが刻まれている。

しかし、眠っているその表情は穏やかだ。

「……まさ…か」

眠っているその顔はとても見覚えのある人に似ていた。

これまで流が何度もその目に映して幸せな気持ちで満たされていた。

そして何よりその枕元にある石は流が紗葉に贈った原石に間違いなかった。

「紗……葉…?」

眠る老女の頬に触れる流の指先は微かに震えていた。

しかし、そんな流の呼び声に応える声はない。

(俺は、さっき……何と言った?)

『……紗葉は、どこだ』

(紗葉本人に、何を言った!!)

流はガクンッと力なく膝をつき、頭を抱えた。

「…紗葉…」

流は紗葉の傍から離れることができなくなっていた。

「父上、どのくらい時間がかかると思いますか?」

そんな流を見やりながら、樹は己の父親に問いかけた。

「ここまで力を酷使したのを見たことないんだ…予測もつかん」

それでも数日で済む話でないことは確かだ。

「…紗葉は、目覚めるんですか?」

紗葉の寝顔から視線を外すことなく流が尋ねると、柊は真顔のまま頷いた。

「この氷室は紗葉を癒し、力を回復させる場だ。必ず目覚める。だが…」

柊は紗葉に視線を移してその頭を優しく撫でた。

「ここまで衰弱していては、どれだけ時間がかかるか……」

柊の言葉は流にとって絶望を感じさせるものだった。

それでも目覚めない、という選択肢がないのならば流は覚悟を決めることができた。


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