氷室の眠り姫
紗葉が目覚めて一月後、とある神社で結婚式が厳かに行われた。
「……紗葉、本当に綺麗よ」
「…そうね。紗葉のこんな素敵な姿を見れて嬉しいわ」
花嫁姿の紗葉を、目を潤ませながら見つめるのは母である花凛と、上皇の正妻である爽子。
本来ならば上皇の正妻という尊い方がただの薬師の娘の結婚式になど出るはずもないのだが、紗葉の為にと極秘で参加をしていた。
「ありがとうございます。母様、爽子様」
二人の心からの言葉に、紗葉も涙が零れそうになるのを必死に堪えた。
形だけとはいえ、主上に嫁いだ身である紗葉である。
この結婚式は表立って行う訳にはいかなかった為、極秘で行われていた。
「ごめんなさいね、紗葉。本当ならたくさんの人に祝福されるはずなのに…」
爽子の言葉に紗葉は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「いいえ。ここにいる皆様や上皇様たちに祝っていただければ、それだけで……」
そう、紗葉にとっては流と一緒になれるという事実以上に重要なことはない。
紗葉の本心からの微笑みに爽子も花凛も安堵の笑みを浮かべた。
「爽子様、花凛様、そろそろお時間です。お席の方へ」
「あら、もうそんな時間なのね」
神社の巫女が声をかけると、二人は頷きあって部屋を出ていった。
残された紗葉はそっと左の薬指を撫でた。
そこには流から贈られた指輪が悠然と輝いていた。
(……こんな日が来るなんて、あの時は考えもしなかった)
流との別れを決意した日、紗葉は一生分の涙を流したと思っていた。
しかし、今も気を抜けば涙が零れ落ちそうになる。
けれど、それは哀しみの涙ではなく、喜びのそれだった。
「…せっかく綺麗にしてもらったのに、化粧が崩れるぞ」
瞳に浮かんだ涙を零れる前に拭ったのは、これから人生を共にする愛しい存在。
「……流」
流は指輪が填められた紗葉の左手を握ってそっと立たせて、薬指に軽くキスを落とした。
「やっと、この日を迎えられた」
ポッと頬を赤くする紗葉に流は笑みを深くした。
「本当なら、もっと時間をかけるつもりだったんだ。もっと仕事で一人前になってからって思ってた」
流は紗葉から一度手を離すと右手を握り直した。
「けど、また紗葉の手が俺からすり抜けたらと思ったら耐えられない。もうあんな思いはしたくない」
握る力を強めながら、流は紗葉とゆっくり歩きだした。
「さぁ、一緒に幸せになろう」
「……ずっと、傍にいてね」
紗葉は流を見上げると、にっこり微笑みながら改めて流の左手を握り返した。