氷室の眠り姫
未来へ


「みんな、心配かけてごめんなさい……」

少し落ち着きを取り戻した面々に深々と頭を下げる紗葉を責める者はいなかった。

「無茶したことを怒るべきなんだろうが、そうさせたのはわたしだろう」

柊はそう言うと、紗葉の頭を優しく撫でた。

花凛も紗葉の背中をさすりながら頷いた。

「貴女が無事に戻ってきてくれた。それだけでいいのよ」

誰もが紗葉を労る中で、流だけが表情を強張らせていた。

「……流?」

不安そうにしている紗葉に構わずに流が歩み寄ると、柊と花凛は微笑みながら紗葉の横から離れた。

「……?」

強張らせた表情のままの流に、紗葉は顔を曇らせながら首を傾げた。

しかし柊をはじめ、花凛も樹も風音さえも笑みを崩さずに流と紗葉を見守っていた。

「紗葉……」

流は紗葉の傍らに跪いてその左手を取った。

数日前まで老人のようにシワだらけだった手は元の美しい手に戻っていた。

「…お前が俺の前から姿を消してからずっと…気が狂いそうだった」

紗葉の手を握る力が強くなったが、紗葉はそれに気付くことなく、ただ真っ直ぐに流の顔を見つめた。

「どんな手段を使ってもお前を取り戻すつもりだった」

例え追われることになろうとも、もう一度紗葉を捕まえて、離さない。

流はそう決めていた。

「……だから、紗葉。これからはずっと俺の傍にいてくれ」

流は懐から小さな箱を取り出して紗葉の目の前でパカッと開いて見せた。

「……っ」

箱の中身は以前から流が紗葉の為にデザインしたダイヤの指輪。

「…なが…れ」

声を震わす紗葉の、震える左の薬指に流がそっと煌めく指輪をはめた。

「情報収集の為に後宮まで乗り込んだ俺の執念を甘く見るなよ?返事は肯定の言葉しか聞く気はないからな」

流の言葉に紗葉以外の人間がギョッと目を見開いたが、実際に後宮で流の姿を見ていた紗葉は驚かなかった。

「…本当に…私でいいの?」

結果的には裏切り行為をしたわけではない。

それでも流の心を傷付けた事実は変わらない。

「お前以外と人生を共にする気はない」

キッパリと言い切られて紗葉の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「……許されるなら、流とずっとずっと、一緒にいたい」

紗葉は周囲の視線など忘れて流に抱きつき、流も力強く受け止めた。





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