God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
「た、助けてくれぇっ!」
俺の切り札。
だった筈、山下さんの話題も、今の右川には効果が無かった。
つまり、それぐらい深刻な状況にある。
放課後の生徒会室では、会長以外の5人が勢揃い。
真木は今日も荒れていて、「僕は行きますから。部活へ」と無表情で出ていく。「……あ、じゃ、私は文化祭の準備が」と、浅枝は直球の言い訳をカマして部屋を後にした。それを言ったら、ここにいる全員が当てはまる。
2人が逃げ出したくなるほど、そんなに俺達はピリピリしているのか。
阿木。桂木。そして、俺。
不穏な空気と言えば、そうかもしれない。
パソコンのクリック。電卓。スマホ操作。参考書をめくる音。
しばらくは、それぞれの作業音だけが部屋中を行ったり来たりした。
口火を切ったのは桂木だ。
「あたし何度言ったかな。一体いつまで言われ続けたらいいの?マジで勘弁して欲しい」
「そうね。まるで芸能人みたい」
「バカみたい、じゃなくて?」
と、俺がそれを言ったら、2人分の睨みがシンクロで襲う。
「俺は、いつかの阿木を繰り返しただけ、ですけど」
「「てゆうか」」と、これも2人は綺麗にハモった。
〝おまえが言うな〟そう聞こえた気がする。
桂木は、ふぅーとひと息ついて、「勉強しよ」と立ち上がった。
「ごめん。あたしもう時間が無いから」と、荷物をまとめる。
「そうね。早く決まってもらって、後の事は全部、桂木さんに任せたい」
と、阿木がエールを送った。
俺もそれに頷く。桂木にとっては、そのための生徒会だった。
頑張れ。
というか、負けないでくれ。
桂木が出て行ったら、部屋はまた沈黙に戻った。
電卓の連弾と、ワンクリックの音しかしなくなる。
程なくして、阿木の指が止まった。
「同じ塾で、同じ大学志望。真面目な子」
何気なく、を装って阿木は呟く。
あの時クラスに居たなら、一部始終、聞こえたはずだ。
阿木も同じ事を考えている……目と目で通じ合った途端、
「だけど、ニコニコした記憶は無いわね。沢村くんには悪いけど」
と、阿木の方から目を反らした。
「俺もそう思う」
俺達を疑う根拠が無い。
そんなの、1番側にいるあいつが1番良く分かってる筈だ。
その時だった。
外から大きな物音がして、窓から様子を窺う。
見ると、体育館と水場の間から、重森が血相変えて飛び出してきた。
制服が真っ黒だ。
俺と目が合って、重森は2度見した。すぐにプイと走り去って……と、思ったら立ち止まり、そこから、何故かこちらに向けて戻ってくる。
よっぽど慌てているのか、足元をもつれさせ、やっとの事で辿り着いた。
外窓から手を伸ばしたかと思うと、俺の両腕を必死で掴んで、それはもう痛いくらい。息が上がって、声にならない。何度も咳き込んでいる。
こんな重森を見た事が無い。ただ事じゃないと直感した。
「た、助けてくれぇっ!」
重森が途切れ途切れに状況を伝えてくるが、俺は全てを聞くのを待たず、そのまま窓から外に飛び出した。
恐らく、あの後、重森と鉢合わせたに違いない。よりによって。
そこは、ゴミ箱から飛び出した紙クズが散乱している。
その中に、1人、右川が立っていた。
制服がゴミで汚れて、煤だらけ。その手も足も、真っ黒だ。
さっきまで何ともなかったのに。
「重森に何したんだ」
「何も」
「何もない訳ないだろ!」
そこに阿木が飛び込んできた。
「右川さん、腕どうしたの!」
左腕。制服ブラウスが焼けて真っ黒のまま、張り付いたまま。
よく見ると、その周辺から出血している。
右川は俺の横をすり抜けた。泣きながら、そのまま阿木にもたれかかる。
「保健室に行きましょう」と、阿木の声を背中で聞いた。
2人の声は、次第に遠くなる。
俺は動けなかった。何も見えていない。怪我にも気がつかなくて。川を心配している振りで駆け付けて、開口一番、重森に何をしたのかと……責めた。
〝一緒にいたくない理由〟
右川の求めるものが、俺には見えていない。
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