さようなら、初めまして。
「…ジンさん」

「ん?」

「うちに来た時、大家さんが…人違いしてしまって…あの…」

「ああ。別に、その事なら気にしてないから」

「…はい」

あと、何て言ったらいいか、解らなくなった…。

「あ、何だか、スポットみたいになっちゃって、ごめんなさい」

「ああ、明かり?買い置きはしてある?そこの切れたヤツの。あるなら俺、替えようか?」

…してなかった。無いですと言って首を振った。だって、まだ切れるなんて思ってなかったから。また駄目な面を晒してしまった。はぁ…。

「どうした?心配するな。一緒に買いに行こう、食べ終わったら」

「え?あ、でも…」

「家電屋さんって面白いし。別に無理に行こうとしてる訳じゃないから。早く付け替えていた方がいい。家電屋さんて、遅くまで開いてるだろ」

「はい、多分。でも、いいのですか?」

「いいよ。暗いままだと、変に物騒だからね。ほら、夜、ずっと留守だと思われたら、危ない場合もあるから」

なる程。頭が回る人だな。暢気な私は、暫くこれでもいいかなって思ってた。…駄目だな、こういう建物なんだから用心には用心を、って、忘れていた。ちゃんと明かりを点けるのは普通の事だ。


有り難い事に雨は上がっていた。
後片付けをしている間に着替えてもらった。
入居して直ぐに部屋の間仕切りになる襖は取っ払っていたから、二間続きをワンルームにした部屋だ。畳も取り去り板張りにしていた。お洒落に言えばフローリングだけど。そこは、…まあ。板張りだ。板張りの上にフローリングに見える敷物をしている。ただ、二畳分だけ、畳を残していた。冬はここに小さな炬燵を置くためだ。そして蜜柑を食べる。…アイスを食べる。至福のひと時の為だ。

「お待たせ、行こうか。…何ていうか、わざわざ濡れるためにピンポイントで雨を選んだ感じになったな…」

「あ、はい、そうですね。雨宿りしてたらあがってたって事ですね。そしたら」

あ、駄目よ。ジンさんが濡れてたから帰って来たんだもの。変に言葉を切ってしまったから、ん?て訊かれた。何でもないですと言って部屋の奥で着替えてもらった。ドライヤーも勧めた。服を脱いでも私がこっちの台所に居れば死角になるため見える心配はなかった。


「ついでに買うものがあったらつきあうよ?重い物とか大きな物とか、何でもね。俺が持つから」

「はい、有り難うございます」

ランプは買った。これでまた忘れる程もってくれる、かな?
閉店時間まであまり時間はなくなっていた。
…オーブン、ちょっと見てみようかな。今の、長く使ってよくもってるけど。そろそろ、いつ壊れても可笑しくない状態にはなってる。

ちょっと見たいですと、綺麗に陳列されたオーブンの前に移動して来た。目移りしてしまう程、沢山ある。やっぱり…今度買うなら、機能は似たような物だし…あまり大きくなくて…デザインに拘って買おうかな…。置いててお洒落な感じがいいな…。あ、これ、レトロっぽくて、可愛い~、この微妙な色が好き。
近くにあったオーブンのドアを開けて中を見ていた。

「ケーキ、焼くんだよな」

「はい。…え?」
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