さようなら、初めまして。
外で待っている事にした。百子さんが中に入り、説明してくれたのだろう、少し間があって、コツ、コツコツと足踏みをするような音、ヒールを履き立ち上がった、そんな音が聞こえてきた。
…間違いないと思う。急に心拍が速くなった。
カラカラ、カラカラ…。出て来る。お世話になりました、と声がした。
…出て来た。

「あっ。あの、私…突然」

当たりだった。出たところに居た私に驚いたようだった。それはそうだろう。私だって感情のコントロールが難しいんだ。自分から会いに来たのだから、それなりに腹は座っているだろうけど。
女性は俯き加減だったが、間違いなく、悠人と一緒に居た、あの『彼女』だった。

「…どこか、行きませんか?私にお話があるのですよね?」

はぁ。被せるように話しかけた。黙って相手の言葉を待つ事が出来なかった。焦り?そうではないと思うけど。

「…アンリさん、ですよね?」

「ぁ…そうです、はい。私…」

「珈琲でも…、飲めるところに行きましょうか。時間は大丈夫ですか?」

「そんな…時間なんて、何時になっても大丈夫です。有り難うございます。あの、突然、勝手に…部屋を訪ねてすみません」

…早い方がいいと、思ったんだ、きっと…。こんな状況…はっきりさせておかないと不安になるだろうから。

「ここでは…。なんていうか、ここでは話したくないんです、ごめんなさい。だから、移動して欲しいんです」

部屋には上げたくない。…今更…変な縄張り意識かな。…私の部屋は…私と悠人、……だけの部屋のままでしておきたい。どうやら私は、そんな事…思ってしまったみたいだ。まだ悠人は私の悠人だって、この人を前にするとやっぱり思ってる。

「…はい。どこにでも行きます」

しおらしい……立場の弱い人がするような返事だ。ずっとそんなか弱い返事ばかり…。別に、……いいのに。…人を好きになるって誰だってある事だもの。相手に奥さんや彼女が居るなんて、解らない内だって、一目惚れだったりするし…。ふぅ。
でも、片思いで終わったのとは違うって事だ。
では行きましょうと声を描け、歩き始めた。
並んで歩く事はなく、歩く私の少し後から、アンリさんは離れて歩いて来た。


…はぁ。ここがいい。ここで何もかも…。また来てしまった。
洋食亭のドアを引いた。
カラン、コロン。
ドアを押さえ横に立ち、先に入ってもらった。

いらっしゃいませ、…あ…という顔の奥さんに、軽く頷いてみせた。少し驚いたようだったが、奥さんもゆっくり頷いた。どうなってるのって、そりゃあ、不思議ですよね…。突然、あんなに捜していた悠人と来て話した後で……若い女性とですから。
事情は解ってるだろう。

戸惑うように立っていた彼女の先に立って、行きましょうと声を掛けた。ごめんなさい、有り難うございますと、恐縮しきった彼女と奥の席に進んだ。
…はぁぁ。どうやら、ここには来た事がないようだ。そうよね、来るなら悠人と一緒にだろうし…。悠人が来てたら奥さんは渡してくれたはずだから。

進みながら、珈琲を二つお願いした。また苦い珈琲だ…。
アンリさん…。悠人を見つけて、…嬉しそうにくっついていた感じとは全然様子が違った。今の彼女は…疲れさえ感じる程、小さくなってる。……別人みたいだ。

「どうぞ…」

珈琲は直ぐに運ばれた。
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