さようなら、初めまして。
「…あの、悠人が帰って来てから、私、貴女と会う事は内緒で、ちょっと実家に用があるからって嘘ついて出てきました。多分、解ってると思いますけど。
それで、あの……ごめんなさい。私…卑怯な事をしました」

いきなりだった。居心地悪く腰を下ろしていた席から立ち上がったと思ったら、しゃがみ込み土下座をされた。え…あ。これって何…。驚いてしまった。あまりにも不意を突かれて止める事も出来なかった。泣きそうな顔をして頭を床に伏せてるこの人は…一体どうしたの…。
………ぁ、傍観してしまった。我に返った。
何故こんなに謝るの?悠人と居るから?

「あ、あの、こんな事、どうして…。止めてください」

もう話は悠人として終わってる。
私から悠人を盗ったから?そんな風に思ってしまってるんだ。

「止めてください。お願いします。立ってください…さあ、座ってください」

体を支えて立たせようとしても首を振って立ってくれなかった。近づいてくる速い足音がした。あ。奥さんだ。駆け寄って来た。

「さぁ立って…ごめんなさいね横から部外者が。とにかく、貴女が座ってあげないと、逢生ちゃんがまるで悪い人になっちゃう。貴女、それを望んでしているの?
お節介だけど、座ってあげて、お願いだから。そうしないといつまでも話もできないでしょ?…ね?さぁ、座って…」

全くお客さんがいない訳ではない。当然ざわついた。私達の関係性を考えたら、こうなる事は避けられない事だと思っておくべきだった。…はぁ。

「あ、違、私……悪いのは私なんです。…すみません。…こんな日が来るって解ってて、私…申し訳なくて、恐くて…」

奥さんの手を借りて、アンリさんは椅子に腰を下ろした。もう泣きそうだ。
彼女の背中を二、三度軽く擦って奥さんはカウンターの中に戻って行った。
恐いって、言った。それは私が?
事実を知って、私が怒るだろうって…。

「……あの、ごめんなさい。部屋の場所も、勝手に…」

あ、それは、悠人に聞いたのかな…。

「ごめんなさ…私……卑怯なんです」

あ、それは…。違うし、二人の事はもう、いい事だ。

「違…もう悠人と話して…」

「いいえ、卑怯なんです…隠したんです」

「え?」

何を?え?何の話…。悠人を隠したと、言いたいの…?。それは結果として仕方なかったんじゃないの…。

「私…あの時…凄い勢いでぶつかって、私がいけなかったんです、思いっきり倒してしまって…。私、歩道なのに自転車のスピードを出していて、前方不注意で。それも私が悪いんです、歩道は歩く人が優先だから。
それで、………人が倒れて…声を掛けても返事がなくて、意識がなくて、恐くて…慌てて救急車を呼んで。ぶつかった時、落ちた……財布を」

ん?財布?

「隠したんです」
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