さようなら、初めまして。
「…悠人」

ジンさんにあんな事、わざと……酷い人になろうとしてる。でもそんな事、思ってないって、私は知ってる。ジンさんは解ってる。

「一神誠と言います。私からです、つき合って欲しいとは言ってます。だが、今は…」

「…私、私が不安定だから、だから」

「そんな具合です…。私達も、どうなるか解らない。私が杏梨の兄だという事実も判明して、更に複雑な心境にさせてしまった」

「逢生、俺、帰るよ。俺と逢生の予定は終わった、送って来た時点でね」

「悠人…、う、ん」

「責任もって送ったからな、後は知らない。
音信不通だった、俺という存在が居たから、逢生は上手く進めなかった。でも、会ってもう終わったんだ。気持ちに素直になればいいんだ。……それと。大丈夫ですよ、言ってくれて。何だか目配せしたり、歯切れの悪い話し方をされたけど、俺は知ってますから」

悠人?

「身元を隠されてたんだって事、とっくに知ってます。偶然、見つけたんだ、記憶が戻ってから。指、うっかり怪我して。包丁を使ってて…、ボーッと切ってたから。絆創膏、救急セットがないかと思ってあちこち探してる時に。丁度買い物に出でて居なかった。そしたら棚の奥に押し込んであったんだ、俺の財布」

「あ、はる…」

「…ショックだった。なんだよ、どういう事だって。こんな事をする意味が解らないって……思いたかったけど。まぁ…意味は解ったよ。だからまた元のように隠した。俺の記憶も戻ったんだから、そろそろ打ち明けてくれるかなって、思った。理由を説明してくれる事、言い出してくれるのを期待して待ってた。言い出し辛いのは解ってる。いい事じゃない。俺が、自分から問い質せば良かったんだけど…、出来なかった。気持ちが解っていたから。
仕事とかどうなってるんだって、連絡してみた。事情は聞いてるって。もう善くなったのかって言われて、その原因の辻褄が合わなかった。事故で記憶喪失になってるとは言われてなかった、それも、あぁそうか、そういう事だったのかって……、はぁ、思った。そしてこうなった」

「…申し訳ない。妹のしている事に最近まで気づかず、妹に、騙して人のモノを盗るような事はするなと私が言った。そして妹が…何一つ責任も取れず、申し訳ない」

「…だからですね、急に終わりにしようって言ってきました。俺は特に、その言葉に逆らいもしなかった、その態度って、普通はおかしいくらいの事なのに、不思議にというか、悲しい?…どうだったんだろう。何も言わず受け入れました……俺はこうなってどこかホッとしました。なんていうか、繰り返しになるけど、こんな脱け殻みたいな男と居たっていいわけないですからね。
強く押してくる気持ちに、俺はそこまで…そんな気持ちにはなれなかったし、だけど、ずっと世話になった…、その気持ちを無下にする事も出来ないって思って。そんな感じだった。逢生のところに戻れないなら、誰と居ても同じだって……すみません。俺、酷い事を言ってます。はぁ」

「…いや。君は悪くない、それが正直な気持ちだと思います。本当に申し訳なかった。
……逢生ちゃん、私達も、終わりにしよう」

「…え」

「つき合おうって言った、今のこの状態、終わらせよう」
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