さようなら、初めまして。
身支度を整え外に出て鍵をかけた。車は直ぐに解った。
少し離れた道の端に寄せるように停めてある車に小走りで近づいた。
暗いガラスに顔を近づけようとしたら、運転席から男性が降りて来た。さっきの人ではない、少し若い人だった。どうぞ、と言って素早く後部のドアを開けられた。

「失礼します」

運転手つきの移動をする人なんだ。

「あぁ、早かったですね、急がせたようで申し訳ない。私と一緒に来てもらえますか?」

自然と隣に座る事になった。勿論、距離は十分にある。
乗り込んで会釈をしたら、ドアが閉められた。
パキパキと脇の砂利を踏み締める音と共に少し車体を揺らして動き出した。

「静かに話の出来るところに行きます。夜といわず若いお嬢さんのお部屋にお邪魔する訳にはいきませんからね」

「はい、そうですね。あ、不信に思ってではないです、やはり夜ですし…」

早くて簡単な肯定は誤解を生んではいけないと、焦って言葉を繋いだ。

「ハハハ、慌てなくても大丈夫ですよ。貴女のことならよく解りますから。あ、これは、気を悪くしないでください。いつも聞かされていると、まるで娘のようなそんな気持ちになるんです、とても身近に感じているという意味です。本当に、母がお世話になってしまって、感謝しています」

百子さん…。

「…そんな。特に何も。私の方がいつも知恵を拝借させて頂いています。あ、あの、いつも、百子さんから、お裾分けというには多すぎるくらいお菓子を頂いています。こんな、ついでのようなお礼になってすみませんが、有り難うございます」

「いえ、いえ。私が一度に送り過ぎるのだと叱られてますから、もらって頂いて助かります。色々と珍しくて美味しいという物を取り寄せしていたら、いつも多くなってしまってね。ハハハ、年寄りが食べるには限度を越えてるってね」

確かに、毎回、箱一杯送られてくるって。

「食べたことのない、美味しいお菓子を頂けて、実は毎回楽しみにしてました」

「それは良かった。有り難う」

「あの」

本題はなんだろう。急いてこちらから訊くのは駄目なのかな。なんか、段取りというか、順序だてて話したい感じなんだろうか。

「食事はもう済まされましたか?」

「え?はい」

外堀から本丸へ、って感じ?差し障りのない話をしておいて、からの、だろうか。ちょっと例えまで渋かったかな。

「そうですよね。…では」

はいと返事が前から聞こえた。静かに走っていた車はその言葉がまるで合図のように道を左に折れた。
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