さようなら、初めまして。
それから暫くは会話もなく車は進んだ。やがて大きな建物の前にゆっくりと止まった。…ここは。

「一緒について来てもらえますか?」

「は、い」

先にドアを開けられた。恐縮して降りた。それから息子さんが降りて来た。

「中を見てもらいたい。…さぁ」

中?建物を仰いだ。急かされている訳ではないと思ったが、歩きを促すように背中にそっと手が触れた。

「は、い」

どういう事だろう。目の前の建物は多分どう見ても集合住宅。つまり、マンション。
エントランスを過ぎエレベーターに乗った。当然だけどボタンが押された。あの、と言って疑問を口にしたかったけど、中を見てもらいたいと言われていたんだと思い、話しかける事を止めた。
あっという間だ。音もなく、上昇していた事さえ解らなかった動きが止まった。扉が開き、また促され足を踏み出した。

角の一室の前に案内された。ボケットから取り出した鍵で解錠すると、どうぞと言われた。
何が起こっているんだろう。先に入れという事だ。失礼しますと言って中に足を踏み入れた。

「あ、え、…え?」

思わず声を上げずにはいられなかった。後ろを振り返った。

「どうでしょう?…」

「これは一体、あの、でも、どうして…、何故、ここは、こんな…」

疑問の言葉が止まらなかった。それほど驚いていた。

「上がってください。これは母の希望で。私の願いを聞いてあげてもいいけど、それにはこうしろとね。勿論、ここが無理だと思えば普通の部屋もあります。部屋もですがベランダにも出てみてください」

返事もろくにせず、引き寄せられるように真っ直ぐ進んだ。キョロキョロとしては目に入るモノに一々目が止まった。ドキドキと逸る気持ちとは反して足取りはゆっくりだった。こういう事なら、ベランダももしかして…。
閉じられていたカーテンを引いた。
あ。はあぁ、やっぱりだ。…凄い。ガラス越しに見て振り返った。

「どうでしょう、気に入ってもらえたでしょうか。
見ていただいた上で、私から貴女にお願いがあります」
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