私は強くない
「はい、営業部、樫原」

「人事部の倉橋です。お疲れ様です。奥菜さんいますか?」

「お疲れ様です。奥菜ですか?今、外出てるんだけど?」

「伝言お願いしていいですか?」

美波から話を聞いた私は、次の日拓真と話をしようと、営業部に電話をかけていた。
私用の電話を、会社でするのもどうかと思ったけれど、携帯で話したくなかったから。
休憩に入るタイミングで、内線をかけた。

外回りだと聞いて、伝言をお願いした。
その伝言を聞いて、どう思うかは拓真次第だけど。


昨日と同じく、美波と食堂で昼食を食べていると、外回りから帰ってきていたのか、拓真が食堂に来た。

誰かを探しているような…、きっと、私よね。拓真が私に気づいてテーブルに近づいてきた。

「倉橋係長、電話もらってたみたいで、すみません」

「お疲れ様です。話があったんで、今日はお忙しいですか?」

淡々と喋る私と、緊張の面持ちで受ける拓真。

「あ、いや、今日は定時で上がる予定です」

「じゃ、話があるので、いつもの店に7時に来てもらえますか?」

「あ、は…い。分かりました」

何かを話そうとする拓真に、これ以上用事はないとオーラを出す。
拓真もそれを感じ取って、黙って食券を買いにテーブルを離れた。

「慶都さん、どうするんですか?話なんて…」

それまで、黙って話を聞いていた美波が心配して顔を覗き込んできた。

「ん?大丈夫よ。話するだけ、だから」

美波は、私の決意の表情を読み取ったのか、

「なんかあったら、すぐ行きますからね。陽一と」

笑顔でガッツポーズをしてくれた。

「ありがと」



そして、予定どおりに仕事がら終わった私は、指定したお店に向かおうとした。


「あの、すみません」

「はい?」

お店に行く途中に、若い女性に呼び止められた。

「倉橋慶都さん、ですよね?」

誰?と聞かなくてもピンと来た。

……、私は何処まで行っても、不幸体質なんだろうか…。

「はい、そうですけど、あなたは?」

名前を聞かなくても分かった。
顔を赤くしながら、私を睨むその眼が訴えていた。

盗らないで!と。

「奥菜拓真さんとお付き合いさせていただいています。浜口香里と言います」

知りたくなかった。
私から男を奪った女の顔なんて…
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