家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました


レイモンドの料理は、絶品だった。
肉を焼けば、表面はカリカリとしつつ、ひとたびナイフを入れれば肉汁が飛び出すと評判だったし、素材のうまみをしっかり引き出したスープに、ごろりとした具材が残る煮込み料理はリピートを求める客が後を絶えなかった。
この八年、新しい宿屋に押されつつも何とか【切り株亭】を維持していられたのはひとえにレイモンドの調理の腕のたまものである。
自然に、レイモンドは食堂、義父は宿という役割分担が出来上がっていた。


それなのに一週間前、宿に届いた一通の手紙によって、事態は急変した。

 内容は、二つ隣の町に住む母の両親が倒れたとのいうものだ。夫妻は【切り株亭】をレイモンドに任せ、看病に向かった。すぐに戻ってくるだろうと高をくくっていたレイモンドだったが、祖父母の容体はかなり悪く、日常生活に介護が必要な状態だということが分かった。
ならば母だけ残して父は戻ってこればいいと思うのに、しばらくこっちに住み込むという手紙をよこした。

【すまないが、切り株亭のことは頼んだ】

という義父の文面を見たときは若干呆れた。

歴史ある宿屋だと、胸を張っていたのは誰だったのか。いきなりふたりの人手を失えば、この宿が立ちいかなくなることくらい、経営者なら分かっているだろうに。

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