独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「ちょっと橙花、大丈夫? そんなに副社長の婚約がショックだったの? 顔色が悪いけど……橙花、副社長のファンだったっけ?」
心配そうな梓の声にハッと我に返る。胸がズキズキ痛む。身体が心がズタズタに切り裂かれそうだ。

「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけだから……」
必死で梓に平静を装って返事をする。

私が代理婚約者だと露見しなかったことはよかったけれど、頭が痛い。もう何も考えたくない。今すぐこの場から逃げ出してひとりになりたい。

「あ、あのっ。私ほかにも備品を届けないといけないから行くね、ごめんね」
雑誌から目を背けて、私はくるりと踵を返す。

その場から逃げるように駆け出した。目の前がジワリと涙で滲む。心が引きちぎれそう。こんなことで泣きたくなんかないのに。

どうして私はこんなにショックを受けているの。自分が偽物なんてわかっていたはずなのに。いつかこんな日が来るって知っていたはずなのに。

私はどうしたらいいのだろう。彼を問い詰めたらいいのだろうか? そうすれば彼は真実を教えてくれる?

でも教えてもらってその先は?
そもそも私は真実を知りたいの? 真実を知ってどうするの? 私は平然としていられるのだろうか。

支離滅裂な考えがあとからあとから湧き上がる。人気のない階段の踊り場まで走った私は蹲る。

「ふっ、えっ、うっ……」
小さく漏れる嗚咽。苦い涙。この涙は何を意味しているのだろう。
わからない。わかりたくない。こんな苦しい思いはいらない。
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