独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
苦笑しながら彼が言う。
どんな時もきびきびと冷静に仕事をこなしている羽野チーフのそんな一面は見たことがないので、にわかには信じられない。

「嘘だと思うなら防犯カメラの映像渡してやるよ。アイツの姿が映ってる」
私は首を横に振る。

彼がここまで言うならきっと真実だ。どうやらすべては誤解だったようだ。一気に身体から力が抜ける。同時に、あんなに彼を詰ってしまった羞恥も湧き上がる。
見当違いの醜い嫉妬を向けてしまった。それでも尋ねずにはいられなかった。

「橙花?」
彼が真横に座る私の顔を覗きこむ。

「……羽野チーフが婚約者じゃないの?」
自分を納得させるかのように、私はもう一度彼に尋ねる。

「当たり前だろ? 俺の婚約者は橙花だ。橙花だけがいてくれたらいいんだ」
紅茶色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
その真摯な視線に胸がいっぱいになる。言葉にならない安堵感。

私はまだ代理婚約者でいられるの? ああ、どうしよう。泣きたくなんてないのに視界が揺らいでくる。
私、こんなにも不安だったんだ。こんなにも怖かったんだ。婚約者でいられることがこんなにも嬉しいなんて。
その事実に自分でも驚いてしまう。

「……不安にさせてごめん。でも女性誌に答えたことは事実だから。あれはすべて橙花のことだから」
そう言って彼は私の髪をそっと撫でた。その言葉が胸に沁みこんでいく。あの記事はあくまでも『代理婚約者』としての私に向けてくれた言葉だとわかっているけれど嬉しかった。

「羽野チーフのこと、一度も好きになったことないの?」
しつこいかもしれないと危惧しつつ、恐る恐る尋ねた私に彼が即答する。

「ない」
その潔さに胸が震えた。安堵して体中から力が抜ける。
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