結婚願望のない男


そうして16時ごろ、客先での打ち合わせは無事に終了。
今回の打ち合わせ先は会社から徒歩10分程度のところだったので、二人でのんびり歩いて帰社する。歩きながら、今後のスケジュールについて島崎くんと話していたところで、山神さんと出会った例の公園が見えた。
すると、「予定より早く終わったんで、公園でコーヒーでも飲んで休憩しませんか。今日は天気も良いし」と島崎くんが誘ってきた。

「そうね、打ち合わせが30分ちょっとで終わると思ってなかったから、時間に余裕ができたね」

島崎くんの誘いに乗り、私たちは公園に入る。
昨日の晩、この公園でカフェラテを握りしめて号泣していたのがうそのようだ。園内では、初夏の日差しが降り注ぐ中、休憩中のサラリーマンや就職活動中の学生などがゆったり過ごしている。昨晩の、誰もいない寂しい園内とは違ってとても平和で穏やかな雰囲気だ。

「島崎くんには色々サポートしてもらったから私がおごるわ。ブラックでいい?」

「ではありがたく!ブラックでお願いします」


私は自販機でアイスコーヒーを2本買い、島崎くんと木陰のベンチに座って一息ついた。
島崎くんには昨日何かが起きたと勘づかれている。どうせ石田先輩に洗いざらい話すことになるだろうから、今、彼に山神さんのことを話しておいてもいいかもしれない。多少なりとも男性の目線からアドバイスをもらえるかもしれないし。そう思って、私は昨日の出来事を彼に話すことにした。

「あのね、昨日打ち合わせ先から直帰しようとしてたんだけど、帰り道で一人になったらとうとう涙が出てきちゃって」

島崎くんは私の顔をちらっと見た。

「…言われてみれば、少し目が腫れてますね」

「あ、わかる?それで、電車に乗るのが恥ずかしくて、この公園で休んでたの。そしたらあの山神さんが来てくれて。き、来てくれたというか…私が着信履歴から間違えて電話をかけちゃって、心配して様子を見に来てくれたんだけど」
と言うと、島崎くんは目を丸くした。

「昨日ここで?例の山神さんがですか!?は~、それはそれは…」

「それで山神さんが色々アドバイスをくれて…ぶっきらぼうだけど心配してくれてるのかなって…。帰りもタクシーで送ってくれたし…」

頭の中で昨日の出来事を整理しきれていないせいか、なんだか歯切れの悪い説明になってしまった。それでも島崎くんはだいたいの雰囲気を察してくれたようだった。そして、
「…もしかして品田さん、その山神って人に再度ときめいちゃったりしました…?」
こんな風に言われてしまった。

ストレートに言われると恥ずかしい。返答に迷ったけれど、どうやら顔に出てしまったようだ。

「…でもその人、結婚願望無いって言ってたんですよね?次に付き合う人は結婚意識できる人じゃないと、好きになってもつらくないですか?ほら、女性はとくに…30歳までにはとか言うじゃないですか」

ズバリ言われて、私はぐっと返答に詰まる。そう、どれだけ山神さんにときめいても、それが必ずネックになる。

「男の僕ですら『結婚はしたくないけど付き合ってもいいよ』って言うような女の子は躊躇しますよ。男にだって結婚のタイミングってあるでしょうから。それに僕の姉は最近…29歳で結婚しましたけど、30歳になるまでの周囲の結婚ラッシュがすごくて本当に焦ったと言っていましたよ。今はいいかもしれないですけど、数年経って後悔するようなことになったら…」

「う…うーん…。そうよね、そう、なんだけど…。頭ではわかってるんだけど…」

「実際に会うと心が揺らいじゃうんですよね」

「……」

島崎くんは鋭い。彼は女心がわかるタイプだ。石田先輩に同期クラッシャーなんて言われるぐらい、彼自身がそもそもモテるし、周囲の人間からよく恋愛相談なんかもされている。彼にこんな風に言われて、山神さんの結婚願望のことを思い出すとやっぱり自信がなくなる。
山神さんのお母さんはいい人だったし、実家に何か問題を抱えているとは思えない。ということは、結婚したくないのはやっぱり彼の心の問題なんだろう。


「…ま、結婚したくないと思う理由にもよると思いますけどね」

「……!」

島崎くんにまた心を読まれてしまった気がする。
< 36 / 78 >

この作品をシェア

pagetop