結婚願望のない男

「もし本当に山神さんのことが好きになったんなら、結婚したくない理由はちゃんと聞きだすべきですね。もしかしたら重大な病気を抱えていて余命半年なのかもしれないし、身内に犯罪者がいるからかもしれない、過去にひどい失恋をして女性不信なのかもしれない、お金のかかる趣味があるから家庭を持ちたくないのかもしれない、あるいは実はものすごいアイドルオタクやアニメオタクで現実の女性が愛せないとか、レンタル彼女のきっかけになった通り、実はゲイとか。んー、あと他に何かあるかな…種無し、とか?」

「ち、ちょっと!」

「あはは、ごめんなさい。でも重たいものから許容できそうなものまで、結婚しない理由なんていくらでもあげられますよね。ものすごく理想が高いだけかもしれないし。だから可能ならやっぱり本人に聞くのが一番ですよ。答えてくれないかもしれませんけど、言えないぐらいの理由ならどのみち結婚は無理でしょう」


さすがは島崎くんだ。結婚したくない理由は無数に考えられる。人に言えないような重たい理由ならともかく、過去の失恋のトラウマといった理由なら考えが変わる可能性もあるかもしれない。話してくれるかどうかはともかく、探ってみる価値はある。


「…昨日、タクシーで送ってもらった時にお金まで出してもらったんだけど…。その時のお釣りがあるしお礼も兼ねて食事に誘ってみようかな。ね、不自然じゃないよね?女性から誘うのはやっぱりダメかな?」
私が恐る恐る尋ねると、島崎くんは笑顔で「いい口実じゃないですか、それはぜひ誘ってみてくださいよ」と答えてくれた。
島崎くんのお墨付きなら大丈夫だろう。よし、今度電話してみよう。


「…ただ」

島崎くんはコーヒーをぐいっと飲み干して、自販機の横のゴミ箱に向かって缶を放り投げた。缶はきれいな弧を描いて、ゴミ箱に吸い込まれていった。

「やっぱり結婚願望がないって言う男にろくなのいないとは思いますけどねっ。そんな男と飲むより、また『励ます会』やりましょうよ。そっちのほうが楽しいでしょう」

「ありがとう。『励ます会』は楽しいけど…ついこないだやったばっかりだし、石田先輩が今のプロジェクト忙しそうだから、それが落ち着いた来月ぐらいで…」

そう言うと、島崎くんは目を細めた。

「?」

ちょっと彼の雰囲気が変わったので、どうしたのだろうと彼の顔を見ていると、突然…吐息がかかるぐらいの距離に顔を近づけてきてささやいた。


「…今度は二人で行きましょう」

「………へっ?」



「……え?」

とっさのことで頭が混乱して、二度聞き返してしまった。
彼は顔を近づけたままだ。きれいな二重の大きな瞳が、じっと私を見つめている。あまりに近くて、でもその綺麗な瞳から目が離せなくて、私はかっと顔が熱くなるのを感じた。


「二人で飲みに行きましょう、と言ったんです。…考えておいてくださいね」


彼はにこっと笑って、私の返事を待たずに顔を離した。


「あ…」

「さ、そろそろ会社に戻らないと。サボってたのがバレちゃいますよ、品田さん」
彼はさっさと荷物をまとめて立ち上がる。

「あ、まっ待って!」
私も慌てて立ち上がった。


帰り道、彼はもうこの話題をしなかった。
間近に見た彼の顔が、彼の瞳が、頭に焼き付いて離れない。
私は…からかわれたのだろうか。


島崎くんの真意がわからず、私の頭の中はぐちゃぐちゃになった。
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