結婚願望のない男


しばらく速足で歩く島崎くんにひっぱられ続けたけれど、
「…あ」
ずっと私の手を握ったままだということに気づいた島崎くんが、慌てて手を離した。

「すみません、品田さん!僕としたことがカッとなってしまいました。…僕、めったなことでは怒らないタイプ…のはずだったんですけど…」

「いいよ、疲れてるんだよね。疲れてるときに色々悪いことが重なったらイライラしても仕方ないよ」

「いや、そうじゃなくて!だってあいつ、あんな失礼な態度や発言で…」

「あ、山神さん?でも、今日の会議の出来を見たら、怒るのは当然だよ…。むしろ、怒ってくれてありがたかった。目が覚めたというか…。私、もっとしっかりしなくちゃ」

「……そう、ですか。………。なら、いいんですけど…」

島崎くんは頭を振る。

「…僕はやっぱり寝不足で頭が働いていないみたいです」

「今日はゆっくり休んだほうがいいわ、直帰しなよ。私は戻って山神さんの修正に目を通しておくから。山神さんの資料、貸して。明日ちゃんと話し合いながら作り直しましょう、二人で」

「二人で…。そうですよね。せっかく品田さんと一緒に仕事してるんだし。それを口実に…もっと二人っきりの熱い時間を作ってもいいですよね。一人で抱え込むんじゃなくて最初からそうすべきだった。資料はお預けします」

島崎くんはそう言って、さきほど山神さんから受け取った資料を差し出した。

「…熱い時間、ってのがちょっと引っかかるけど…ううん、まぁいいや。とりあえず明日からもう一度やり直しましょう。とにかく今日はゆっくり寝て」

「…はい。今日はお言葉に甘えて早く帰って寝ます。…ところで、お別れの前に一つ聞いていいですか?」

「何?」

「あの山神って人は、いつもあんな感じで品田さんに冷たく当たるんですか?何で課長のことを知ってるんだと思ったんですけど、そういえば彼は泣いている品田さんを慰めたんですよね。でも、僕にはとても…、泣いている時に駆けつけてくれた優しい人には見えませんでした。それでもあの人が気になるんですか?」

「……」

そう言われて、私は言葉に詰まる。

「ううん、優しい時は優しいの。今日のは…私がふがいないから怒らせちゃったんだわ…。私が悪いの。もっと私がしっかりしなきゃ…」

「…まあ、いいです。とにかく、品田さんはもう自分を責めないでください。さっきも言ったように悪いのは僕なんです。それにしても、あんな嫌みな男があなたに似合うとは僕にはとても思えません。今日はあいつに言われっぱなしで格好悪いところを見せてしまいましたけど、僕はあんな男には負けないですから!」

「島崎くん…」

「明日から、もっともっと頑張ります。どうか僕に…失望しないでください」

彼は私の両肩を掴み、私の目をその大きな瞳でじっと見つめながら言った。彼の顔は、彼の吐息がふっと鼻先をかすめるぐらいの距離にある。私の心臓は大きく脈を打った。そうやっていざというときに間近で見つめてくるのは、ずるい。彼の顔がキレイなものだから、これでドキドキしない女性なんていないだろう。
なんとか頷いた私の顔を見て満足したのか、「…では、今日はお先に失礼します」と彼は笑顔で帰っていった。
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