結婚願望のない男

島崎くんを見送った後、私は一人で帰社した。
PCを開いて溜まったメールなどを確認する。ふと気になって、部員全員のスケジュールが閲覧できる共有スケジューラを開いてみた。普段は自分のスケジュールを確認するぐらいで、他人のスケジュールは打ち合わせや会議を設定するときぐらいしか見ないのだけど…。

(先輩として私がこれを見ておけば、もっと早く島崎くんの状況に気づいて手伝えていたのに。悪いのは私だわ…)
島崎くんのここ数日のスケジュールは、朝から晩までほとんどミーティングや別案件の作業の時間で埋まっていた。
(この仕事に割ける時間、ほとんどないじゃない…)

島崎くんは同時にいくつかの案件を抱えていた。彼はスケジュール通りにいけば納期がかぶらないから問題ない、と言っていたけど…それは、少しでもズレれば納期がかぶってしまうということだ。彼のスケジュールを見る限り、いくつかの案件でズレが生じていたのだろう。でも彼はそれを私に言わず、自分で抱え込もうとしていた…。山神さんに怒られたことで、私はどれだけ島崎くんに甘えてしまっていたか思い知った。

(私が…彼の分まで頑張ろう)

私は、山神さんが赤入れしてくれた資料をデスクに広げた。

(…ていうか、赤すぎ!どれだけ指摘事項があるってのよ!あの人案外細かいのね…!)

あまりの赤さにがっくり来た。…が、見ていくと指摘事項はすごく丁寧だし、議論が堂々めぐりをしていた部分も山神さんの修正の通りにするとずいぶんスッキリしそうな感じがした。
今日の山神さんの言葉は冷たかったけど、この赤字の修正は他でもない山神さんの優しさの表れだと思う。でなければ、自分の仕事でもないのにこんなに丁寧な修正をつけてくれるはずがない。会議中の限られた時間で、私たちを助けるためにやってくれたのだ。

(島崎くんは山神さんの態度を怒っていたけど、私の自業自得だから、山神さんを“嫌みな男”だとは思わない。もう二度と山神さんをあんな風に怒らせてしまわないように…頑張るのよ、遥!)

「よしっ」

私はぱんぱんと顔を叩いて気合いを入れ、残業を開始した。
< 53 / 78 >

この作品をシェア

pagetop