結婚願望のない男

「ああ~最悪っ!」

屋根の下はいくつかのベンチとテーブル、そして水飲み場があるだけの狭いスペースだ。屋根があるだけでずいぶんマシだけれど、風が強いせいで横からも雨水が吹き付けられて、完全に雨風がしのげるわけではなかった。

「あーだめだ、やっぱり建物の中に入るべきだった…」

とりあえずベンチに座ってみたものの、吹き込んでくる風と雨水にさらされて落ち着けない。頭からつま先までびしょ濡れで、徐々に下着にまで水が染みてきているのがわかる。

「はぁ…」

せっかく調査票が決定した喜ぶべき日に、こんなことになるなんて。
(せめて雷がやむまではここでやり過ごすしかないわね…)
ゴロゴロと雷鳴が轟く中で、私はやることもないので携帯電話を取り出し天気予報のアプリを開いた。
(やっぱり予報だと曇りだ。これは通り雨だろうし、少し待てば雨も収まるはず…)

「てか、寒…」

季節は真夏のはずなのに、全身が濡れた状態で強風にさらされ、体温がみるみるうちに奪われていく。
(うー、体が冷える。早く雨やまないかな…)
そのまま丸くなってぶるぶる震えていると、手の中で携帯電話が振動した。
(ん?)
見ると、山神さんからの着信だった。
(あ、あれ?山神さん!?今日の会議はうまくいったと思ったけど、何か粗相でもしたっけ?!)と、私は慌てて電話に出る。

「あ、もしもし、品田ですが」

『…あんた今どこ?』

「え?」

予想していなかったことを聞かれて一瞬返答に詰まる。

『雨、降られたんじゃないかと思って。無事に会社に戻れてるならいいけど…。なんかすげー風の音聞こえるし、今外にいるだろ』

「あ、あはは…。バレましたか…。ご想像の通り雨に降られて、例の公園で雨宿り中です…」

山神さんが心底あきれたようなため息を吐く。

『はあ。香川が傘を貸してやるって言ったのに、変なところで遠慮するからだ、バーカ』

「ばっ!バカってなんですか!でも、とてもビニール傘でしのげるレベルの雨じゃないですよ。どうせ傘を借りてても結果は同じずぶ濡れだったと思いま…ひゃっ!」

チカチカっと強い光が瞬いたかと思うと、ドーン、と地面がびりびり震えるほどの轟音で雷の音が響く。

「ああ~…近くで、近くで落ちた気がします…」

『公園にいるんだな?今行くから待ってろ』

「はい……え?」

またしても予想していなかった言葉に、耳を疑った。風雨の音がうるさいので聞き間違いかと思ったぐらいだ。

「来る?ここにですか?何しに?」

『お前に傘とタオルを持っていくに決まってるだろ』

「い、いや、通り雨でしょうから待ってれば収まりますって!大丈夫ですから!」

『雷は一時的だけど、雨はしばらく止まないってさっき天気予報で言ってた。これは多分待っても無駄な雨』

「でも、そもそも歩いて来れるレベルの雨じゃないですよ?電話口からも、どれだけザーザー降りか音聞こえてますよね?まだ雷も鳴ってますし危ないですから…あっ!ちょっと!?」

私が必死に状況を説明している途中で、彼は勝手に電話を切ってしまった。

「えっ、本当に来るつもりなの?山神さん、どういうつもり…」

電話を切って茫然としていると、さらに強い風が吹いてまた全身に雨水が吹き付けられる。

「寒い~!!」

私はベンチの上で体育座りをして、ぎゅっと体を抱える。
山神さんのことは気になるけれど、寒くてもうそれどころじゃない。
(山神さんが来てくれるなら…心強い、かも…)
今更傘をもらったところでずぶ濡れなのに変わりはないけれど、タオルが一枚あるだけでもマシかもしれない。このままずっとここにいたら間違いなく風邪をひく。
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