結婚願望のない男
無言のまま数分歩いて、自分たちのオフィスビルの自動ドアをくぐろうかというところで、島崎くんはぽつりと言った。
「品田さんは、僕と山神さん、どっちを選びますか?」
「えっ…!」
「……僕との打ち上げはあなたの答えが出てから…。僕を選んでくれるなら、行きましょう、二人で」
(島崎くん…)
山神さんのせいで余計に頭が混乱してしまったけれど、私は彼をずっと待たせている…。返事を、しないと…。
「…と言いたいところでしたけど」
「…えっ?」
私の様子を見ていた島崎くんは、苦笑いを浮かべていた。
「正直、答えを聞かなくても顔に出てしまっているというか…」
そして一瞬だけ、ぽん、と軽く頭を叩かれた。
「山神さんと、ちゃんとお話ししたほうがいいんじゃないですか?」
「あ、え、えっと…」
「品田さんは山神さんのことが好きなんでしょう?そして…彼もあなたを好きだと言ってるんだから」
「……」
私はうまく言葉を返せない。
自動ドアを越えて、オフィスの冷気で全身が心地よく冷やされる。夏の熱気でのぼせて、混乱しっぱなしだった頭が少しスッキリした。
「二人だけの打ち上げは山神さんに悪いのでやめます。石田さんも交えて三人でやりましょう。ま、それだと打ち上げ関係なくなっちゃいますけどね」
島崎くんはにこっと笑った。歩いているうちにエレベーターホールに差し掛かり、人が増えてきたので、彼はそれを最後に黙ってしまった。
エレベーターに乗り込んで、もう私も彼に何も言えなかった。自分の部署のフロアに着くまでの無言の時間に、私はさきほど起こったことをもう一度思い出してみる。
(あの山神さんが、私を好きと言って…。しかも、結婚願望がある、って…責任は取るつもりだって…。そう、言ったんだよね…)
付き合ってほしいと言われたわけでも、返事を聞かせてほしいと言われたわけでもない。けど山神さんが本当に私のことを異性として好きで、将来的にけっ…結婚してもいいとまで思ってくれているのだとしたら。
…嬉しい。
この上なく、嬉しかった。
これが自分の素直な気持ちだ。
(島崎くんの言うように…私は、私はやっぱり山神さんのことが…)
島崎くんに告白されて、彼は結婚もしたいと言っていたから、心がずっとぐらぐらしていた。でもやっぱり、私の心を捉えて離さなかったのは──山神さんだ。レンタル彼女をやった時から、もう私はずっと山神さんに恋をしてきたのだ。何度も何度もあきらめよう、忘れようとしたけれど、そのたびに…会うたびに山神さんは、優しくしてくれて、何かと私を助けてくれて、それだけじゃなくて、時にはちゃんと叱ってくれた…。
島崎くんに告白された時もドキドキしたけれど、山神さんを思う時のドキドキは…やっぱり少し、種類が違う気がする。