結婚願望のない男
「…あ!」
「…どうした?」
「婚姻届を出したらつけようと思ってたの、忘れるところだった…。ホラ!」
私は鞄から小さな箱を取り出して、そっと開けた。中には、太陽の光をきらきらと反射させて輝くダイヤの指輪。弓弦がプロポーズの時にくれた婚約指輪だ。
「左手の薬指に!じゃーん!」
「…そんなものわざわざ持ってきたのか?家に帰ってからでよかっただろうに」
「こういうのは気持ちが大事なの!一分一秒でも早く、お嫁さんになったんだって世界に訴えたいじゃない?」
「…ったく。お前ってほんとバカだなぁ」
(…あ)
指輪をはめて自慢げに見せると、弓弦は私を見て穏やかに笑っていた。
(…この顔だよ、弓弦。この笑顔を、結婚式の時にも見せてほしいの)
そう思ったけれど、優しく笑う弓弦のこの顔をずっと見ていたくて、私は言葉を発するのをやめた。
今日帰宅したら、彼の左手の薬指にも結婚指輪がはめられることだろう。
思えば、私と出会った時に彼が怪我をしたのは左手の薬指の付け根だ。私のドジのせいで傷ついてしまったそこは、これからは私とおそろいの指輪の定位置になるのだ。
あの事故から一年と数か月。
彼に言わせれば一年経っても私はまだまだ危なっかしい女らしい。気をつけて多少は改善されてると思いたいけど…自転車だってものすごく安全運転するし…。けどまぁ、彼にはこれからもずっと危なっかしいと思われ続けるんだろうな。しっかり者の弓弦には到底かないそうもないから。
だから。
弓弦、この手をずっと離さないでね。