結婚願望のない男
「あ、さっきの写真、弓弦のお母さんに送ってもいい?」
「げ、恥ずかしいからやめてほしいんだけど…どうせ言ってもきかないよな」
「うん、今から送るね」
「…ったく。気づけば個人メールでやりとりする仲とか。俺の個人情報ダダ漏れなの勘弁してくれよ」
「だって、弓弦の話をするとお母さん本当に嬉しそうだから…。それが嫌なら自分から連絡すればいいのにねぇ」
「はいはい、俺はマザコンじゃねーから近況報告はあんたに任せますよと」
弓弦と付き合いだしてから、私は再度弓弦のお母さんに挨拶しに行った。最初に会った時は実はまだ付き合っていなくて、お友達の段階でしたということにして。けれど、お母さんはいずれにしても私と続いてることが嬉しいと言ってくれた。それ以降は、弓弦の情報交換をし合ううちにすっかり仲良くなってしまった。
「それにしても腹減ったな。ランチのピークは過ぎたから、今ならどの店も並ばずに入れそうだ。遥は何食べたい?」
「うーんと…」
「あ、ちなみに今晩はフレンチのフルコースを予約してるから、がっつりしたもんはダメだぞ。デザートまで完食できるようにな」
「わ、わかってるわよ!そもそももう、何でもない時にがっつりしたものは食べないわよ?結婚式に向けて多少は…ダイエットしてるし…」
「え?そうだっけ?」
「そ、そうよ!もうコーヒーに砂糖は入れないし、お茶碗に盛るごはんの量だって少し減らしてて…」
「へーえ?」
弓弦は意地悪くにやにやしている。
「し、信じてないでしょ」
「成果は上がってるのか?」
「マイナス0.5キロぐらいは…」
「誤差の範囲だろ、それ」
「もう!うるさい!」
「あ、じゃあそこの蕎麦屋はどうかな?」
弓弦が指さした先を見ると、少し年季の入った感じの、小さなお蕎麦屋さんが見えた。
「お蕎麦ならちょうどいい軽さだね」
「じゃ、行ってみるか」
弓弦は私の手を強く握った。私はそれに応えるように、甘えるように、手のひらに力をこめる。と、そこで唐突に、私はあることを思い出した。