Ignition
「おはよー、今日は買い物行くよー」
 美香はすぐさま引っ込んだ。暫くして、もう一度ぱたんと音がする。

手を上げたままの姿勢で留まっていた桐谷は、小さく息を落とし、それからゆっくりと腕を下ろした。その後姿を見たときには、新井もさすがに申し訳なく感じた。

「すまん、実は買い物の話をしたときに、桐谷の話までたどり着いてない。悪いんだけど今日は無しにしてくれないか。美香も塾に行くって言ってる。数学の偉い先生が教えてくれる日なんだってさ」

「数学だったら新井さんだって得意じゃない。私、ちょっと美香ちゃんと話をしてきます」

「いや、いいよ。今日は誕生日当日なんだ、美香に絶対嫌な思いをさせたくない。一緒に祝えるのも最後かもしれない」

 寮に入らなくても高校に上がれば恋人も出来るだろうし、家族で誕生日会もなにもないだろう。そういう意味でも今日は大切な日だった。
< 25 / 110 >

この作品をシェア

pagetop