Ignition
「みたいですよ。デザインにつられて既製品買うこともあるって言ってましたけど、袖が合わないことが多いみたい。だからシャツもオーダーなんだって。話聞いてすごく納得しちゃった。着こなしが綺麗なわけですよ」

 坂巻が普段どんなものを着ていたのか思い出そうとしても、それすらも思い浮かばず、新井は改めて服装に対しての興味のなさを自覚した。

連れがいた頃はそれでもまだ、あれだこれだと着せ替えされていたが、思い返せばここ数年消耗品以外をまともに買った記憶がない。

「お父さん、こういうのは?」
美香がディスプレイの黒のスーツを指した。

「いや、黒はもうたくさんあるから――」
言いかけたが、そうじゃない、と女性二人の無言の訴えが突き刺さって反論するのを諦めた。もうどうにでもなれ、だ。

 桐谷が店員を呼びに行った。そのあとは、美香と桐谷で襟の形や色や柄、裏地までを選び、新井は「それでいいか」と聞かれるたびに、書類に判を押すかのごとく「ああ」と答えるだけだった。
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