Ignition
「お父さん、もっと見た目気にしたほうがいいよ」
 美香がぼそりと呟いた。

「多分新井さんって昔はモテたんだよ、何にも気を遣わなくても。それをいつまでも当たり前だと思っちゃってたのが良くなかったんだね」
 桐谷がまるで過去を覗いてきたかのように言う。

「放っておいてくれ」

「何言ってるんですか、放っておいたらどんどん酷くなるからここに連れてきたんです。『新井さん昔はカッコ良かったのに』なんて、他の部の人が過去の人みたいに言ってるの、私聞きたくないんです。むかつくじゃないですか」

 気を遣って言ってくれているのは頭では理解できるが、気持ちは酷く落ち込んだ。若い男の店員は苦笑いしている。その手前、どんなに恥をかかされようとも、笑って話を流すしかなかった。

 ついでにシャツを二枚オーダーし、ネクタイ、ジレと一揃い買うことになった。仕上がりは三週間後、もう一度店まで引き取りに来ることになっている。
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