Ignition
優しげな表情のままさっと後ろを振り返り、桐谷は美香に目を遣った。これだけうるさくしていれば目を覚ましただろうか。

新井もバックミラーで後部座席を気にしたが、頭の先しか映らない。しばらくして桐谷が、落ち着いた声で話し始めた。

「今朝、美香ちゃんを誘うときに、総務部であったこと全部話したの。喜んで『行く』って言ってくれたんですよ。口には出さなくても美香ちゃん、家も仕事も、って頑張りすぎて、自分のことどころじゃなくなっちゃった新井さんを心配してたんじゃない?」

「なんだか自分が情けなくなるよ。部下にも子供にも気を遣われて」

「誰からも相手にされないよりはマシじゃない。今日買ったスーツ、仕上がったらちゃんと着てくださいね。お金出したのは新井さんになっちゃったけど、みんなの想いが入ってますから」

励まそうとしているのか、桐谷は努めて明るい声で言った。
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