Ignition
「すまん」
「昨日ちゃんとお風呂入りました?」

「当たり前だろ。……第一声がそれだと俺でもへこむ」

「あ、おつかれさまでーす。でも私本当に駄目なんですよ、夏も満員電車なんか乗ると気持ち悪くなっちゃうんです」

 何を言おうと口は減らない。傷口をナイフで抉られた気分ではあったが、要は新井だけに不快な思いを抱いているわけじゃないと伝えたいのだろう。これが桐谷流のフォローらしい。

「このまま新しいシャツ買いにいってくるわ」

「絶対それがいいと思います。臭いって人にものすごいストレスを与えるんです。だからちゃんとケアした方がいいですよ、坂巻さん見習って」

 可愛がっている部下を敢えて引き合いに出しながら、桐谷はエレベーターの隅に寄る。

「俺だっていつもはこうじゃない」そう言いたいのは山々ではあったが、新井には抗弁する気力は残っていなかった。
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