Ignition
一方的にそれだけ言って、別れの挨拶代わりに頭を下げた。エントランスに向かって歩き始める。

「桐谷」
 足を止め、桐谷は首だけ斜め後ろに向けた。ぎゅっと横に引いた唇が、話しかけられることを拒んでいる。

「……ありがとう」
 呼び止めておきながら、それ以上かける言葉が見つけられなかった。

「いいえ」
 それでも口元に微かな笑みを浮かべ、桐谷はしっかりとした足取りでマンションの奥へ進んでいった。
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