Ignition
口の悪さが災いして他部署からクレームがつくことはあるが、一度も後悔したことはない。実際に仕事はよく出来るし、仲間想いだ。負けん気の強さは間違いなく良い方向に伸びている。

 上司として、桐谷のことをずっと見守ってきた。しかし、美人だと思うことはあってもそれを恋愛に結び付けて考えたことは一度もなく、ずっと適度な距離があった。

それがどうだ。いつもと違った顔を見せられて、心のタガが外れてしまいそうになる。あの桐谷を泣かせてしまった。桐谷は一体、いつから想いを寄せてくれていたのだろう。

「青だよ、お父さん」

 助手席から声が掛かり、新井は慌ててアクセルを踏み込んだ。美香は少しシートを倒し、それ以上何を言うでもなく、ぼんやりと窓の外を眺めている。

「なあ美香」
「うん?」

「ごめんな、さっきは。『知ったようなことを言って』なんて偉そうに言っておきながら、俺こそが何も分かっていないのかもしれない。情けない話だが」

 美香は硬い表情のまま首を横に振り、何か考え込むように黙り込んだ。
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