Ignition
「きっと、そうなっちゃったのも、私のせいなんだよね。お母さんが居なくなったときはたくさん泣いて心配もかけたから」

 美香の言葉を引き金に、新井の中に三年前の記憶が昨日の事のように甦った。妻の心変わりから離婚に至り、美香に大泣きされた日のことは、今もただの想い出にはできずにいる。

もう二度と悲しい思いをさせるまいと立てた誓いは、美香のためだけではなく、新井の心を守るためのものでもあった。

悲しみを隠すための嘘が知らず知らずに美香との溝を作ってしまったのならば、今更でも全部話してしまった方が良い。今を逃したら、あの頃の気持ちを打ち明ける機会は、巡ってこないような気がした。

「悲しんでる場合じゃないと、がむしゃらに前に進んでいたつもりだったが、俺はあの日から立ち止まったままだったのかもしれないな」

 新井が苦笑しながらそう切り出すと、美香は何かを堪えるように、膝の上で拳を握り締めた。
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