Ignition
声もなくぽろぽろと涙を流していた美香の頭を左手で撫でる。それから思い出したようにティッシュの箱を取った。

 美香は、自分よりも智香子の気持ちを優先させたことを、悲しんでいるだろうか。自分勝手さに失望しただろうか。まだ、この話をするのは早すぎただろうか。泣き顔に不安になりながらも新井は続けた。

「あの頃ちょうど部署の再編で、仕事が忙しくなり始めたんだ。悲しい思いをさせた分、美香には二人分の愛情をかけたいと思っていたから、時間がなくなるほど気負いだしてさ。

桐谷に言われたよ。それが美香の心の負担になっているんじゃないかって。だけど結局俺は、そうすることで自分の心の隙間も埋めてきたんだよな。美香がいてくれたから、どうにか立ち直ることができた」

 新井はゆっくりと息を吐き出した。

「私、ずっとね」
 ややあって、美香が涙に震える声で話し始めた。
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