Ignition
仕事用のパンプスが一足あるだけのすっきりと片付いた玄関。奥に続く短い通路には物ひとつなく、リビングもモデルルームさながらに整頓されている。仕事で物事の整理が得意なように、掃除や片付けに関しても、同様の才能があるのだろう。

桐谷はテーブルの上からヘアクリップを取り、片手で器用に髪を捻って高い位置でまとめた。華奢なうなじ。後頭部から下りる真っ直ぐな背骨がカットソー越しに浮き出ている。

下には何も着けていないのだと思うと、女の裸すら見たことのない初心な少年のように緊張した。

「一人暮らしにしては随分広いな」
「よく言われますよ、男とここで同棲してたんだろうって」

 真相を問うことも出来ずに新井が黙ると、桐谷はそのままキッチンに向かった。

「美香ちゃん大丈夫なの?」
「車で寝てる。パーキングに停めてセキュリティかけてきた」

「そうなんだ。あ、ソファにでも座っててください。今コーヒー淹れますから。うちのは単なるインスタントですけどね」
 桐谷はどこか淡々とした口調で言った。
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