Ignition
「お前、いくらなんでも今泣くのは無しだろう」

新井はあわてて身体から手を離した。するとますます酷く泣き出すから困り果ててしまった。我慢に我慢を重ねて、手放した理性をどうにか取り戻そうと苦しむうちに、妙な汗が噴き出してくる。

「何だよ、本当は無理してるのか?」

新井の問いに桐谷はただ首を横に振る。泣きながら「止めないで」と、自ら服を脱ぎ捨てて蛍光灯の下、惜しげもなくすべてを晒した。

「だったらなんで泣くんだよ」

ゆっくりと視線を辿らせる。冷静な口調とは裏腹に、心臓は今にも破裂してしまいそうな速さで鼓動している。桐谷の手が優しく新井を誘う。精一杯のやせ我慢で退けて、そっと抱き寄せる。

「……だって、本当に嬉しかったから」

涙声で囁かれたその言葉に、何故だか新井はもらい泣きしそうになった。桐谷が新井の背中にゆるやかに腕を回す。そのまま、二人はどちらからともなく唇を合わせた。
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