Ignition
ポケットのスマートフォンが震える。桐谷からのメッセージだ。

『今日美香ちゃん塾でしょ? もし今日早く上がれそうなら、少しだけうちに来ませんか。仕事中、どうしても昨日のこと思い出しちゃって』

『だって、すごく良かったから。あんなにガツガツこられたのも初めてだったけど、してる時の新井さんの顔を見たら――』

 この場で、それ以上文面を読むことが出来なくて、新井はテーブルの上にスマートフォンを裏返しに叩き付けた。耳が熱い。

「あいつ、仕事中だっていうのに」

 精一杯平静を装いながらメッセージに突っ込みを入れようとも、締まりのない口元は隠せない。坂巻はくすっと笑った。

「幸せそうな新井さんを見ていると、なんだか僕も嬉しいです」

 メッセージの相手は言うまでもなく気付かれてしまっているようである。それでも、普段からっとした桐谷の、気持ちの純粋さも、同居する素直すぎる愛欲も、坂巻には想像すらつかないだろう。あれは一発で虜になる。新井は照れ臭さを誤魔化すように黙々と食事を始めた。

 スープとブレッドでは埋まらない胃の隙間も、仕事が終われば別のもので満たされそうだ。久しぶりの感覚に密かに浸っていると、ひっくり返されたままのスマートフォンが、返事の催促か、もう一度震えた。




ここまでお読みいただいたみなさま、ありがとうございます。
次のページからは坂巻の考える二十万円の使いみちの話です(笑)

雰囲気はがらっと変わって完全なる仕事小説ですが、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。
arancia
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