発つ者記憶に残らず【完】
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*


そして次の日、ノイシュは執務室にヨハンを呼んだ。

本当は私は参加したくなかったのに"ここにいろ"と真っ直ぐ見つめて言われたら頭を横に振ることができなかった。

わざわざ奥の部屋にあったテーブルとソファーを持ってきてトーレンとノイシュがえっちらおっちらと配置し、テーブルの周りを囲むようにして1人掛けのソファーが4つ並んだ。

なんだこれ、円卓の騎士か何かか。全員の顔が丸見えじゃないか。


「ヨハン、来るかな?」


わざわざ準備した誕生日パーティーなのに本人不在みたいな感じにならないよね?とノイシュを見上げると、頭の上にふんわりと手を置かれた。


「あいつは来る」


そして彼は撫でるように後ろまで下ろすと私からスッと離れてドアの方にいるトーレンの元まで歩いて行った。1人になり手持ち無沙汰にそわそわと突っ立っていると、2人の短い会話がボソボソと聞こえてきた。


「正気ですか?」

「今更だな」

「彼はきっと怒ります」

「それで独り立ちできるならそれでいい」

「あなたはご自身のことを何もわかってませんよね」

「それがどうした。俺は、俺だ。俺のことを1番よく知っているのは俺なんだ。トーレン、おまえがどう思っているのか大体想像はついている。だが、おまえの希望に俺は添えない。俺の希望ではないからだ」


執拗に"俺"と連呼するノイシュは確かめるように1語1語を噛み締めているようだった。トーレンは目を伏せ、そんなノイシュから目を背けた。トーレンはもう、彼にはこれ以上何を言っても無駄だと悟ったようだった。

だって、きっとノイシュの目標は王になることではないんだろうから…

コンコン。

そのとき、突然響いたノック音に大袈裟にビクッと肩を揺らせてしまった。時計を見上げれば午前11時。時間ぴったりにされたノックに私の心臓が激しく暴れ出し、がらにもなく胸の前で手を握った。

ドアを開けたらヨハンがそこにいると思うと、やっぱり会いたくないな、と思った。だって気まずいじゃん。この間なんて髪を掴まれて意味深なことを言われたし。

水を瞬間に沸騰?無理無理。そんなのできませんって。

あれやこれやと考えて現実逃避してても時間は待ってくれず……ガチャリとトーレンが開けたドアの隙間からするりと現れたのは1匹の黒猫だった。

……ネットスーパーで何か頼んだっけ。

と、全くとんちんかんなことを考えているとその猫は真っ先に私の足元まで来るとスリスリと絡みついてきて、仕方なく抱き上げることにした。猫を飼っていた時期があったこともあり、私の抱き心地がいいのかその猫は満足そうに喉を鳴らせた。

でも、まさか、この子は……

フォルテのキティでは……?

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