発つ者記憶に残らず【完】


ふんふんなるほどー、と納得……なんて誰がするかっ。


「はあ?何言ってんのさっきから。訳わかんないんだけど」


いい加減にして、と強い口調で言ったのにノイシュは少しだけ口角が上げてなぜか楽しそうだったからもう頭おかしいんじゃないの?って言いそうになったけど、冷静になろうとマドレーヌを1口で頬張った。

……口の中、パッサパサだ。

すぐに紅茶も口に含む。


「ヒアは育成場で生まれた卵からかえったドラゴンではないんだ」

「……」


となると。一体誰の卵でどこにあったのか。


「じゃあ、どこで拾ったの?」

「俺が7歳のときに父親の狩りについて行ったことがある。そのときに森でそのまま迷子になり、たまたま見つけたのが卵のヒアだった」

「……それ、1番ダメなやつじゃん」


野生の鳥の卵が落ちてたら拾って持ち帰ってはいけませんって、常識でしょそんなの。雛でも拾って育てちゃダメだし、成鳥でさえ保護するのも申請とかが必要だと思うんだけど…そこらへんはルーズなのかな。

人の手で育った動物はたいてい、野生の中では生き抜いていけない。


「最初は綺麗な白い石だと思ってたんだが…ドラゴンの卵だった」


子供のように屈託なく笑ってそう言ってくる彼にはやはり悪気はないんだろうけど、そんな怪しいものを拾って持って帰って来るなんて、と思う。

紅茶が無くなったなーとティーカップを覗き込んでいると、まだまだヒアとのエピソードが続いて新しく注ぎ損ねた。


「ポケットに入れてしばらく歩いていると俺を見つけた父親の騎士が迎えに来てくれた。父親に見せたいと思い、合流してポケットに手を突っ込み取り出して手のひらを広げると、ちょうど殻を破ったヒアと目があった」


"ドラゴンにはカモのように刷り込みをする習性があり、最初に見たものを親だと認識するらしい。例え魚だろうが木だろうが、ドラゴンにとっては関係ない"

以前にそう言われたけど、私だったらさすがに魚が親だったら悲しいと思う。でもドラゴンは魔法のおかげで万物と意志の疎通ができるから、なんだかんだちゃんと育つらしいから不思議だと言っていた。

でもなあ…アリが親でも嫌だなあ…


「そのとき父親に聞かれた。"そのドラゴンを大事にするか?"と。俺は"当たり前だ"と答えた。今思えば、あの質問で俺がこうなることを予感していたのかもしれないな」

「王にならないかもしれない、ってこと?」

「ああ。俺はもちろんヒアを連れて帰った。そして1人前になるまで育て上げる…それだけで父親としては合格だったんだろう。それを理由に俺が王位を継がないと言い出すときが来るかもしれないと思っていても、な」

「……なんかすごく、本物の王様に会いたくなってきた」


もう死んじゃったけど、と思いつつ、悲しみを微塵も見せないけど懐かしそうに宙を見つめるノイシュの眼差しを見て、つい溢れてしまった言葉。

ノイシュはそれに対してふっと小さく笑うと"そうだな"、と軍服の胸ポケットにしまってある笛にそっと手を添えながら答えた。

そして目を閉じ、また開いた彼の顔つきはもう変わっていた気がした。自分には王位継承権がない、と誰かに言ったことで肩の荷が下りたような感じになっているのかもしれない。

そんな彼に免じて、もうこれはこれでよしとしよう、とそれほど重要でもないし過去のディアンヌのことは詮索しなかった。

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