ハイド・アンド・シーク
一日に何回くらい、好きって思うかな。
さっきから忙しなく働く彼に視線を送りながらそう思う。
月末に控えたコンペティションに向けて、オフィス全体が慌ただしい。
そんな中で声をかけられても、嫌な顔なんかひとつせずにちゃんと相手の話を聞いてあげている姿は、見ているだけでも心の奥がきゅんと締め付けられた。
優しい声、優しい表情、優しい目、全部好き。
「相手側はどんなアイデアをぶつけてくるのかな〜、楽しみ。ね、菜緒」
私たちの手元にも届いた、今回のコンペの企画案や構想プランが載った資料。この資料には、彼だけでなくたくさんの社員の苦労や努力が詰まっていた。
隣のデスクに座る同期の茜が、資料に目を通しながら私に話しかけてきた。
「コンセプトは、都会の集合住宅にいながらにして戸建ての静かな住みよさを追求した安らげる空間、かぁ。憧れるなー」
「私はできるだけ緑の多いちょっと田舎の方が好きだけどな」
「えー、菜緒は一等地に住んでみたいとか夢ないんだぁ」
たまたま今回の土地が新宿一等地だから茜もそんなことを言っているだけに過ぎないのだろうが、私にはそんな夢はない。ゆったり時を過ごせる昔ながらの場所の方が性に合っているような気がした。
クライアントが持つ一等地に、マンションを建設することになった。
でもうちの会社ともうひとつの会社で迷っているから、お互いにプランを持ち寄って競争することになったのだ。
もちろんクライアントからすれば、どんな建物にして、どのくらいの相場にするのかなど、夢だけではどうにもならない切実な想いもこもっているだろう。
どれくらいクライアントに寄り添って考えられるかも大事な鍵になりそうだ。
私はただの平の事務員で、仕事面で彼の手助けをすることなんて出来ない。
ひたすら、頑張ってと祈るしかない。
無力って悲しい。