ハイド・アンド・シーク


私の働く会社は住宅やホテル、病院や介護施設などの公共施設等を請け負い、計画・設計・施行している建築会社である。

全国的にもそこそこ名は売れているけれど、この業界にはもっと大手の企業も数多くあり、切磋琢磨して他社に負けないような丁寧な対応を心がけ、上位を争うような位置にまで食い込んでいこうという会社全体の取り組みがある。

正直、私はまだまだ会社の役に立っているとは言いがたい身分だし、建築業と一口に言っても多方面に分岐していて全て把握するのは難しい。
普通の人よりもやや詳しいというだけの、腰かけ事務みたいなものだ。


私や茜も、コンペ当日は会場へ行くことになっていた。
会場へ来た人をもてなす、雑用員兼案内係といったところだ。
せめて彼の役に立ちたいから、当日はスムーズに事が進むように明るい笑顔でおもてなししたい。


「でも意外だったな、今回のコンペに手伝いに行きたいって菜緒が言い出したのは。初めてだよね?」

「えっ?」

茜に突然そんな話を振られるのは思っていなかったので、ちょっとだけ動揺した。
こちらの話なんて彼には一切聞こえていないだろうが、この淡い恋心は誰にも打ち明けていない。たぶん、この先も誰かに話すことはないと思う。

今度の案件は初期相談の段階から彼が関わっていて、チームの中心人物の一人だと聞いた。だから、少しでも私もお手伝いしたかった。
今までは、事務員の私に出来ることなんて何もないし、お客様にいきなり突拍子もない質問をされても答えられないから足を引っ張ってしまうと思って極力控えていたのだけれど。
かなり勇気のいる決断だった。

自分のデスクでパソコンと向き合っている彼を一瞬見たあと、私はなるべく自然に見えるように笑った。

「なんとなく、今回は参加してみようかなって」

「ふぅん」

やや訝しげに私を見ていた茜は、完全に納得がいっているような返事はしなかったけれど、それ以上突っ込んで聞いてくることもなかった。


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