ハイド・アンド・シーク


どうしようか迷っていると、道路を照らす車のライトが走行音と共に近づいてきていることに気づいた。
後ろから聞こえる車を振り返って確認しようとしたら、それより先に「こっちに来て」と主任が私の手を引いて引き寄せる。

路側帯が狭く、この道は車同士すれ違うのがギリギリだ。
気づくのが遅れていたけれど反対側からバイクも来ていたようで、車が極端に私たちのいる歩道へ寄ってきたらしい。

それを見越して、主任は私を歩道の内側へ引っ張って守ってくれた。

バイクと車の走行音が行き交うのを聞きながら、ぐつぐつと煮えるようなお湯みたいな熱い気持ちが溢れそうになる。
私は今、彼の胸の中にいるけれど、彼の背中に手を回すことは出来ない。そんな資格はないからだ。


「今日は森村さんは厄日かな」

と、心地いい声が耳元でして、ハッとする。

彼にとっては、当たり前の行動。
部下が先輩に言い寄られて困っているのを助けるのも、部下が電車を無理やり降りようとしたのを止めたのも、今こうして車から身を守ってくれたのも、全部、彼にとっては普通のことなのだ。

私が、危なっかしいから。それだけ。


─────その証拠に、私の意に反して彼はとてもあっさりとなんの惜しみもなく私をすぐに解放した。

これ以上のワガママは、口にする勇気なんか持てなかった。


「…………今日は、ありがとうございました」


やっと、別れを告げる言葉を唇から漏らす。
これを言わないと、主任も気を遣って帰れないだろうから。

たくさんの幸せの中に切ない気持ちも見つけてしまって、やるせない。
暗くてよかった、きっとどちらにも転べなくて混乱している顔をしているに違いないから。


「お疲れ様でした。……おやすみなさい」

「……おやすみ。森村さん、また来週」


有沢主任は、最後までやっぱり優しかった。にこりと微笑んでいてくれた。
私に手を振ると、来た道を戻っていく。

その後ろ姿を、ずっと見ていた。




私のバカ。見てるだけでいいって思ってたのに。
もう全然違う感情が入り混じっていることに気がついてしまった。





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