恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 手のひらを上に向けて、立てた人差し指で呼ばれた。外車なんだ。

「手品みたいです、手を使わないでトランクが開きました。どうして、なにしたんですか」
 もう一度、トランクを閉めてくれた。

「そこの下に足を近づけてみろ」
 ここか、どうなるの?

「わあ凄い、勝手にトランクが開いた。両手が塞がってても開くんだ、凄く便利」
 感心しちゃう。

「ノインや大恩を抱き上げてても開けられる。ね、院長」
 満面の笑みで振り返ったら、院長が目を下にそらしちゃった。  

「ああ、そうだな」
 次に正面に回ってみたら、うしろをゆったりとついて来てくれた。

「あ、ゆべし」
「ゆべし?」
「ここです」
「エンブレムの形がか、発想がユニークだ。さ、乗れ」
 院長がドアを開けてくれた。

「ありがとうございます。乗り降りしやすいですね、ノインも大恩も楽ですよね」

「ああ。スカート大丈夫か、閉めるぞ」
「はい、お願いします」

 ゆったりとしたシートに寄りかかってみてから、広い車内を見渡していると、院長が運転席に乗り込んできた。

 長身の院長が乗っても、まったく狭く見えないくらい車内がゆったりとしていて、院長も乗り心地がよさそう。

「今日は、よろしくお願いします、お茶どうぞ」
「ありがとう」

 ペットボトルホルダーに入れたお茶を渡したら、ドリンクホルダーに置いていた。

「うしろの席も広々してますね、ノインも大恩もリラックスできますね」

 運転席と助手席のあいだから前屈みになると、次から次へと目新しいものが、目に飛び込んでくる。

「ここからもエアコンの風が出るんですか。ノインにも大恩にも優しい自動車ですね」 

「さっきから見るもの見るもの、すべてでノインと大恩を気にかけているな」

「なによりも院長は、ノインとフェーダーのことを一番に考えて、この自動車を選んだんですよね?」

「わかるのか?」
「もちろんです、大恩も院長の子になってよかった」

 なんだろ、このスイッチは。思わず右手が窓の下側に伸びる。

「押したら、水が噴水のように出てくる」

「この自動車おかしくないですか、そんな機能いらないじゃないですか」

「それよりシートベルト」
 院長が、私の方に体を寄せて、シートベルトをしてくれようとした。

 車内が水浸しになるのは困るから、思わず手を引っ込めようとしたら、そのままスイッチに体重がかかった。

 ほんの一瞬で、私の上に院長が覆い被さり、鼻先が触れ合いそうな距離まで、二人の顔も体も近づいた。

 思わず言葉を飲み込んで凝視したら、院長もじっと私を見つめて、それぞれを凝視し合ったまま時が止まった。
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