恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「包帯を巻いていきますね」
「よろしく」

 院長と向かい合う体勢で包帯を持った腕を、院長の左脇の下から反対の右脇の下まで、伸ばした。

 伸ばしきれるまで精一杯。
 
 と、今さらながら気づいた。

 この体勢は、とんでもなく院長と密着するんだってことを。

 院長の心音は私の横顔に響き、院長の上半身の熱気は、伸ばしきった私の腕から胸もとへと伝わる。

 意識すればするほど息が乱れ、鼓動が強く激しく打ちつけ、どうしようもない胸のどきどきは落ち着きをなくして、じっとしていてくれない。

 集中、目の前の処置に意識を集中して!

 院長を抱き締める体勢から、背中に包帯を巻こうと、じりじりと左側に移動したら院長の右足につまずいた。

「きゃ」
 投げ出された左半身が、なにかの反動で振り子みたいに右側に戻った。

 それからは、なにがなんだかわからなくて、気づいたら院長の両膝に手をつき、鼻先が当たる距離で目が合っている。

 瞬発力がある院長だから、すぐに右腕で受け止めて、胸に引き寄せてくれたんだと思う。

 焦点が合わなくて、院長の顔のパーツが二重に見えるほど距離が近くて、目と鼻を交互に見た。

 どうして、ここに院長の顔があるの、なにが起こったの?
 院長は、微かに首をうしろに反らして、観察するように、じっくりと見つめている。

「大丈夫ですか、痛くないですか」
「痛くない、俺を見つめる目が寄り目になっている」

「“距離が近い、離れろ”ですよね、離れます、すみません」

 院長の膝の上に乗せていた手を、慌てて引っ込めて上体を起こした。

 その拍子にもう一度、院長の右足につまずき、うしろにのけ反る私の上体を、院長が右腕でしっかりと受けとめた。

 院長に引き寄せられた私の体は、さっきよりも院長の胸の中に深くすっぽりと収まり、おまけに膝に座ってしまった。

 巻き始めだった包帯は、院長の右手に握られ、私の体は強い力で、熱い素肌に包まれている。

 厚い胸板は、じんわりと汗をかいて、甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐってくるから、胸がいっぱい。

 このまま、気が遠くなって気絶しちゃいそう。

 静まり返る入院室に、響き渡るほど大きく高鳴る心臓の音が、自分でもはっきりと聞き取れる。

 痛いほどに激しく波打つ鼓動が、院長に伝わりませんように。

 頬が火照るほどの恥ずかしい気持ちとは裏腹に、ますます激しく高くなる鼓動が収まってくれない。

 私の目を交互に見つめる院長が、なかなか目をそらしてくれない。

 院長? 恥ずかしいから、早く目をそらして。
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