恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「怖いのか?」 
 院長の言葉に、喉の奥が痛いくらいに乾いてしまって、声が出てこない。

「そう怖がるな、取って食べやしない」
 それが合図のように、右腕だけで立たせてくれた。

 院長には、私がときめいて緊張している顔が、恐怖に怯える顔に見えてしまったの?

「続きを」
「今のですか?」
「川瀬が、したいのは、そっちか」

 困ったように、右腕に持った包帯を差し出された。 

「こちらだ」
「すみません!」
「よろしく」
「ごめんなさい」  

 なんて馬鹿な質問をしちゃったの、包帯を巻く方に決まっているじゃないの。

 泣きそう、泣きたいくらい院長への想いが強すぎる。

「失礼します」
 声だけかと思ったら、腕も足もカタカタ音が鳴りそうなほど震えが止まらない。

 さっきのように、左脇の下から反対の右脇の下まで、腕を伸ばし切るまで伸ばして包帯を当てた。

 今にも飛び出してきそうな勢いで、鼓動が強く暴れまわる。

「つまずかせるほど長い足が、処置の邪魔をしてごめん」
「いいえ」 
 真顔で強く、首を横に振った。

「冗談だ、リラックス、リラックス」
 微笑みながら、力の抜けた手のひらを下に向けて、ゆっくりと下ろしている。

 今日一番の笑顔が、また私をどきどきさせてリラックスから遠ざけるの。

 どうにか包帯を背中に回し、一周二周とさせて流れるように八の字を描き、何度か交差させて巻き終わった。

「終わりました、お疲れ様です」
 体の力が、一気に抜けそうなほど緊張した。

「お疲れ様。ありがとう、楽しいものを見せてもらった」

 いくら観察好きでも、私の心の中までは覗けないんでしょ。
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