恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 *** 

 朝、玄関から出ると目がくらむほど明るい日光を全身に浴びた。

 昨夜はルカと大恩が気になり、目は眠いのに頭は冴えて眠った気がしない。

 この酷暑で寝不足は大敵なのに。
 
 保科に到着してスクラブに着替えて、香さんにお礼を渡しに受付に急いだ。

 大恩のオーナーのことを香さんに聞いたら、昨日と同じで留守電だったって。

 いったいオーナーはどうなっているの? 

 大恩を置いてとか捨ててとかで、どこかに行っちゃうような人には見えないし。

 香さんの携帯番号の登録をして、その足で院長のもとへ向かう。

 院長も祝福してくれたから。気のない言い方だったけれどね。

 大恩の家のこともあったし、なにをお返ししようかと悩んだ。

 で、結局聞くのね。そうしたら、いらないって。

 それが一番困るの。あああ、どうしよう。
 
 院長との話は消化不良のまま入院室に行って、床ずれ予防でルカの体位を変えた。

 昨日は少しだけ舐めたのに、もう強制給餌を受けつけなくなってしまったから、スポイトで水を飲ませてみよう。

「ルカ、飲んだね。お水さっぱりしておいしいでしょ。治ったら、そうね、院長にお願いしておいしいの食べようよ」

 具体的な生きる目標は希望につながる。

 洗濯機を回して患畜の世話をしていたら、院長が上がって来てホワイトボードを見たり、ケージの前にしゃがんで患畜の様子を見たりしたあとに、入院患畜の処置を始めた。

「保定いいか」
「はい、ただいま」

 ちょうど食器を洗い終わるのを見計らったように、院長から声がかかった。

「ノインたちの相性はどうでしたか」

 大恩とは少しのあいだだけれども、いっしょに散歩ができるといいな。

「昨夜と今朝の散歩で大丈夫だった」

 ラブは友好的で平和主義、大恩は柴犬らしからぬ洋犬のように陽気で攻撃性がない穏やかな性格だから、大丈夫なんだろうって。

 性別も違うしね。

「ノインといっしょに、大恩も散歩に連れて行っていいですか」

「ああ。もしも、今日もオーナーと連絡がとれなくて連泊するのなら」

 家族と離れて、ここに一泊しただけで、しゅんと落ち込む患畜もいるのに。

 大恩ときたら、オペもして日帰りのはずが、連泊をしているというのに、ケロッとしているんだから恐れ入る。

 バタバタと忙しい午前の診察が終わり、昼休みに香さんがオーナーに電話をしたけれど、やっぱり留守電。

 これだけ連絡がとれないってオーナー、いったいどうしちゃったの?

 不安で食欲が落ちて、あまり昼食も食べられないまま午後になった。

 院長は院長で、昼休みにルカのオーナーに電話をしていた。

 そういえば以前に、病状によって強制給餌は止めることをオーナーと話し合っていた。

 今日お見舞いにいらっしゃる際には、ルカの好きなものを持参してくださいと伝えたって、電話を切ったあとに聞かされた。

 外来診察の合間に、ルカの様子を見に行こうとしたら呼び止められた。

「ルカの強制給餌は終了だ。これ以上は体力を奪う」

 さっきの電話で、ルカの予後は理解した。

「野生では自力で食べられないものは土に帰る。それが自然の摂理だ」

 猫は人間に飼われるペットの中で、一番野生に近い動物だから、今の院長の言葉は覚悟を決めておけと言われた感じ。

 苦しまずに大好物を食べながら、楽に生きられるなら、それがルカにとって幸せだと思う。

 そう自分に言い聞かせないと気持ちがもたない。
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