恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「ここ最近、精神的に辛いことが重なってしまったな」
 頷いて、わかってほしい想いを口にした。

「子猫を助けたいんです。助けるために、今を頑張るんです。急に消えてなくならないように」

「俺が子猫を元気で健康に育て上げるから安心しろ。ゆっくり休んだほうがいい」
 立ち上がる院長を見上げた。

「うちでひとりでいるよりも、ぐっすり眠れます」

「それは、なにより。今日は雨に濡れたから、風邪を引かないように温かくして寝ろ」
 そう言い残して、院長がドアに手をかけた。

「お父様は、遺された川瀬の幸せを願っている」
 振り返らないけれど、一言が私の気持ちを楽にしてくれた。

「欲しかった温かな言葉をかけていただき、ありがとうございます。とっても嬉しいです」

「それに、お父様は川瀬の笑顔がきっと、なによりも......」
 一言ひとことを区切りながら、私に言い聞かせる。

「大好きだ」
 院長の力強い口調に、心の底から熱いものが込み上げてきて、体まで火照った。

 ──大好きだ──

 決して振り向かない背中には、不器用ながらも私に向けてくれる優しさが、隠しきれないくらいに溢れ出ている。
 
 部屋を出て行く院長をベッドの上から見送る。

 また、お世話になってしまった。まだ温かい体が足もとから温まってきて、気持ちよく深い眠りに誘い込まれていった。
 
 院長を呼ぶ自分の声で目が覚めた。何時なの、夜中なの?

 どのくらい眠っていたのかな。

 大好きなルカがいなくなった。数日おきにルカが夢に出てくる夜は、辛く寂しく独りは嫌。

 院長、院長、どこにいるの?
 うつらうつらしながら、夢の中で一生懸命に院長を探した。

「院......長......」

 見つけたい一心で目を瞑ったら、夢の続きに戻っていったみたい。

 そこにいるのは......
 お父さんね、逢いに来てくれてありがとう。

 温かい両手で私の手を取って、ずっと握ってくれてありがとう。

 子どものころのように髪を撫でてくれ、“安心して、ゆっくりとおやすみ”って、おでこにキスをしてくれた。

 お父さん、夢に出てきてくれてありがとう。

 もう夢の中でしか逢えない。でも、それでもお父さんに逢えて嬉しい。

 これが現実だったらいいのに。

「眩しい。もしかして朝なの?」

 カーテンの隙間から射す、穏やかな日の光に促されるように大きなあくびが出て、仰向けの体勢で全身をぐっと伸ばせるまで伸ばした。

「あああ、気持ちいい」
 今度は朝まで眠ったんだ、目覚めがすっきり。

 お父さん、おはよう。
 昨日の大雨が嘘みたいな快晴で最高に気持ちいいね。今日も一日、よろしくお願いします。

 お日さまに胸を張って、おはようの挨拶。

 今日も気持ちよく過ごせるお天気をありがとう、頑張ります。
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