恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「ちょっと待ってください、言い方、言い方」
 声を上げて慌てて制止する。
「事実だ」

「あちこちって、どこを?」
 矢継ぎ早の言葉の行き交いに、私の入る余地なし。

「眉間から鼻筋をなぞってきて、感想はジェットコースターとかエベレストみたい。凄い凹凸」

 凄い完璧な感想。さすが院長、記憶力がいい。

 って感心している場合じゃない。

「おもしろいこと言うわね。たしかに明彦の顔って、深い谷底から高い壁みたいにウネウネうねってる」

 香さんも、十分におもしろいことを言っていますよ。

「その、うねっているって顔のことをこう言った。『好奇心をそそる顔のラインだから仕方ない、つい触れたくなっちゃう』」

「すみません、勝手に触ってすみません」

「股のあいだに入ってきたときは、なにをするのかと思った」 

「ずいぶんと大胆ね」
 眉毛をぴくりと動かす香さんに、くすっと笑われた。

「最初にバディが気になって、院長のそこに入るしかバディのそばに行けなかったんです」

「そういうことだったの。ごめんなさいね、明彦が邪魔だったのね」
「いいえ、そういうわけでは。本当に、すみませんでした」

 下げる頭上に、よけいな一言が降ってきた。
「まさか、俺が邪魔だったなんて本音は言えないしな」

「そうですよ。や、違います、いいえです」
 頭を上げて、必死に否定する。

「つい触れたくなるって無意識だから貞操守らないと、次に無防備なときは、なにをされることか」
 取って食べたりしないってば。

「これから戦々恐々の毎日ね」
「本当にすみませんでした」
「冗談よ」
 穴があったら入ったきり、もう二度と出て来たくない。

「それとひとつ。いくら食いしん坊だからって、可愛いバディを食べるなよ」

「食べちゃいたいほど可愛いって言いましたが、それ本当に食べたらおかしいですよ」

「哺乳類の習性の表れで、自然な愛情表現だ。心配ない」
 だから動物って甘噛みするのか。

 って感心するわけないでしょ。

「明彦ったら。借りたタオルは、ちゃんと洗って返しなさいよ」
「いいです、大丈夫です」

「甘やかしたらだめよ。女の子に対してのマナーを、この子にしっかり教えてあげて」

 香さんが私の手からタオルを取って、院長に渡す。

「はい、タオルで汗を拭いてくれるなんて感謝しなさい」
「わかりました」
「だから、こういうときの敬語がふざけてるって言うのよ」
「わかった」

 はい、確信した。院長が香さんに頭が上がらないってことを。
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