恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 *** 

 翌朝、カーテンを開けると、照りつける日射しが眩しくて、目を閉じれば瞼の裏は、ちらちら赤く輝いた。

「おはよう、お父さん。そっちはどう?」
 異常だった暑さもずいぶん弱まってきたね。でも、まだ暑さには気をつけようね。

「今日もよろしくね」
 澄んだ秋の青空に向かって胸を張った。

 出勤するころには朝の明るさが活発になり、九月の爽やかな朝の風が動き始めるとともに、街ににぎわいが訪れた。

 大通りに面した店舗は昔ながらの小さなお店が建ち並び、どのお店も入りやすい店構え。

 保科でお世話になっている花屋さんも、その一角に馴染んで建っている。

「おはようございます」
「おはよう、相変わらず暑いね。どう病院には慣れた?」
「はい、おかげさまで」

 店先で鉢を並べる奥さんは小柄ながら、力仕事を物ともしない、体の芯から沸き上がるパワーを感じる。

 花たちを眺めていると、花のいい香りに誘われて、つい自然に店の奥まで引き寄せられそう。

「先日も先生がお見えになって、大病を患って入院していた猫ちゃんが亡くなったって、うちから花を送ったのよ」

 ルカ。ルカのことだ。私が買いに走って、棺に入れてあげた以外にも送ってあげていたんだ。

「手紙も添えてね。先生、優しいのよ。そうして昔から送ってるわよ」

 自分が褒められたように嬉しくて、隠しきれない笑顔が顔中に広がる。

「あなたの屈託のない笑顔を見ると思い出すわ」
 笑いじわが、なおさら優しい微笑みを温かくする。

「九月の半ばごろ、いつもと違って誕生日プレゼントを送りたいって、お見えになったの」

 いつも私たちは、お弔いの控えめな花を買いに来るから、仕事では華やかな花とは縁遠い。

「私に相談しながら、あれこれ選んでたっけ」

 可憐に咲いている赤や黄色の花たちに、視線を馳せる奥さんの目は慈悲深く、わが子を見守るお母さんみたい。

「おとなしくて控えめで、いつもは笑顔も微笑む程度なんだけど、このときの笑顔は幸せそうだったから、印象に残ってるのよ」

 ここで院長が花を選んでいたなんて想像できない。

「ノインちゃんのお誕生日って言ってたけど、あの笑顔はそうかしらねえ」
 奥さんが嬉しそうに顔を緩めて、首を傾げている。

「ブーケには、ひまわりやガーベラやかすみ草といっしょに、ブルースターも入れてあげたの」
「水色で小さくて」
 指先で小さな星を描いて見せた。

「花が好きなの? よく知ってるわね。小ぶりなのに愛らしくて、存在感があって可愛いでしょ」

「はい、それに水色が涼しげにしてくれます」
「そうね、ちょうど今が時期だし、暑さが吹き飛ぶわね」

 涼やかなミルキーブルーは、たしかに暑さを吹き飛ばしてくれてぴったり。
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